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巨大変身ヒロインのオリジナル小説を書いている草宗の独り言をつぶやくブログです。

草宗の書斎

「鋼血の姫甲士 ~花の章~」第1話「誕生! ドールピンク」8章 | main | 蒼き反射少女の苦闘 狩猟者アークニー編 その2
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「鋼血の姫甲士 ~花の章~」第1話「誕生! ドールピンク」6・7章
 6、サクヤ咲く
 
 
『本当に、いいんだなッ!?』

 立花春香が思い起こしていたのは、十数分前の出来事だった。
 非常灯に照らされた、薄闇の店内。広いデパートには、喧騒と悲鳴が渦巻いていた。空間をビリビリと震わす重い響きと、その数瞬後に続いたガラスの粉砕音は、きっとどこかの棚が倒れたのだろう。
 
 ドールピンク・オウカが連れ去られて、通路には春香と大和独人だけが残されていた。
 春香の手には、ペットボトルほどの長さはあろうかという注射器が握られている。重油か墨汁か、と思うような真っ黒な液体が中には入っていた。
 大和に答えるより早く、針の先端を、春香は己の左腕に埋める。

 
『あッ!?』

『今更躊躇なんかしないよっ!! 逃げるなら、はるえさんと一緒じゃなきゃ意味ないもんっ!!』

『いい忘れてたけど、鋼血を注入するのはすっげえ痛いぞ!? 大丈夫かッ!?』

 注射器の底を押し込むのと同時、細胞が腐っていくかのような激痛が左腕を襲った。
 何を注射したら、こんな痛みが起こるのか? 猛毒か。ヘドロまみれの泥か。血も肉も凍る凝固剤か。かつて体験したことのない苦痛が左腕から広がり、春香はデパートのフロアを転がり回った。
 
『うあああっ!! うわあああ”あ”っ~~っ!! んぐうう”ぅ”っ……!! い”っ、痛ぁ”いい”っ……っ!!』

『お、おい、しっかりしろよ!? オレの忠告聞く前に打っちゃうんだもんな……』

『も、もうっ!! さ、先に言ってよぉっ!! コレ痛すぎるぅ”っ~~~っ!!』

 涙を流しながら、恨めしい視線を春香は大和に送る。
 だが、鋼血の注入はやめなかった。
 猛毒並みの激痛を惹き起こす漆黒の液を、ますます体内に押し込んでいく。そのたびに涎を撒き散らし、苦悶の叫びをあげながら、床をのたうち回った。
 
『ああ”あ”っ!! んぎぎい”ぃ”っ……!! んあああ”あ”ぁ”っ~~~っ!!! んぐぅ”っ、ううっ……!!』

『は、春香ッ……!!』

『だ、大丈夫っ!! こんなことで、へこたれたりなんか、しないよっ!!』

 アイドルグループに入っても間違いなく愛くるしさで話題になるであろう顔を、滝を浴びたように汗で濡れ光らせて、春香は叫んだ。
 
『これくらいの痛みで後悔するようなっ……弱い決意なんかじゃないっ!!』

『泣きながら語る台詞じゃないけどな……』

『ねぇ、大和くんっ……どうしたら、あの機械人間たちに勝てるかなぁっ!?』

 痛みが引いた、というより全身が麻痺してきて、幾分春香は喋る余裕が出てきた。
 
『私ははるえさんみたいに、運動神経がすごくいいわけじゃない……頭のいい大和くんなら、なにかいい方法とか、浮かんでいるんじゃないの?』

『あ? 勝つ方法? そんなもんはねぇ。だから最初から、戦闘能力の高いコにしか鋼血は使わせない、って言ってるだろ!?』

『う……そんなぁ……』

『だから逃げる。いいか、普通の敵ならともかく、シーヴァとインデュラとは相手が悪すぎる。オレたちがすべきは、はるえさんと一緒に逃亡。これだけを目標にするんだ』

『逃げる……それだけに集中するんだね。わかった!』

『はるえさんを奪還するだけでも、簡単なミッションじゃねえがな。しかし、オレたちにも希望はある』

 いつの間にか大和の言葉に、ドモリがなくなっていることに春香は気付いた。
 動揺や焦りがなくなっている、と受け取っていいのだろう。少なくともiドールの生みの親ともいうべき天才少年には、なんらかの光明が見えているようであった。
 
『楽な闘いには絶対にならねぇ。だがよ……逃亡のチャンスは必ず訪れるんだ。そこまで、耐え抜けるかどうかが、勝負だッ……!!』



 ピンク色のブレザーに、フレアミニのスカート。胸元を飾る赤いリボンも、同じ色に変わっていた。
 4本の腕を持つ、青い巨体のアンドロイド……破壊者シーヴァに、変身した春香は真っ直ぐ突っ込んでいた。その名もドールピンク・サクヤ。大和独人が迷わず即座に名付けたところを見ると、もしかして最初から、春香がiドールになることをどこかで覚悟していたのかもしれない。
 
 肩までかかるミディアムの黒髪が、風になびく。
 走りながら、春香は思う。なんて身体が軽いんだろう、と。
 鋼血注入の激痛は、すでにやんでいた。大和からもらったアンティーク調の鍵で、右手首の『アクセル』を回すと、肉体と衣服が鋼鉄の硬さを帯びていくのがわかった。
 だが、身体が鋼鉄化していくにも関わらず、重さをほとんど感じることはない。
 
『筋肉も、強化されるからな』

 ざっと大和が説明してくれたが、詳しいことは専門外の春香にはわからなかった。
 ただ、ハッキリ自覚できるのは、頑強な鋼鉄のボディと、それを易々と動かせるパワーを得たこと。
 これならば、自我に目覚めた殺戮マシンたちとも対等に闘えるかもしれない。
 天井から吊るされ、脇腹や背中から、様々なコードを垂らしている先輩のドールピンクをサクヤは見上げる。
 
「オウカさんっ……!! 今すぐ、助けますからっ!!」
 
「……ドールピンクを名乗る、ということは、あなたも私たちが処分すべき対象のようです」

 突如出現した新たな桃色の闘姫に対し、どう対応するかの答えが、ようやくシーヴァの内部で導かれたようだ。
 むろん春香……サクヤの方では、アンドロイドたちが抹殺を狙ってくることは承知している。
 
「雷帝インデュラ。その娘も、始末してしまいなさい」

 ブレザー姿の闘姫の眼前。立ちはだかったのは、発電機を頭部に収めた機械人間だった。
 サクヤは覚えている。つい数十分前に、インデュラの電撃に苦しめられたことを。胸に電流を注がれ、喘いでしまったことを。
 
「娘ッ……!! 貴様も、ドールピンクの力を手に入れたというのかッ!?」

「ドールピンク・サクヤよっ! 名前くらい覚えてね、雷帝インデュラっ!!」

 恐怖と苦痛を味あわされた怪人を前に、サクヤの脚は止まらなかった。
 むしろスピードをあげ、突っ込んでいく。
 
「そこをどいてっ! 今の私は、ドールピンク・サクヤは、立花春香とは違うんだからっ!!」

「バカめッ!! 少しばかり頑丈な身体を手に入れたからといって……そこの女が無惨にオレに負けたのを見ていただろうがッ!!」

「てやあああっ~~っ!!」

 真っ直ぐ右の拳を、サクヤは雷帝に突き出していた。
 女の子らしい、殴り方にも可憐さが浸み込んだパンチ。
 つるりとした顔のインデュラが、唇を吊り上げる。素人丸出しといった打撃に、舐めてかかったとしても仕方がなかった。
 
 だが、そんな機械人間の態度は、サクヤからすれば想定通りだ。
 
「スピン・シューターっ!!」

 開かれた右拳から放たれたのは、棘付きのヨーヨーであった。
 オウカが持っていた、鋼鉄の武器。それをサクヤは、拾ってきていたのだ。
 
「ぬあッ!?」

 インデュラからすれば、突如パンチが急激に伸びたようなものだ。
 それでも万全の状態であったならば、まだ余裕は保てたかもしれない。闘うことを決意したばかりの少女の攻撃は、やはりどこかに遠慮が潜む。本来ならば、致命傷には成りえない。
 
 しかし、今のインデュラの頭部は、剥き出しになっているのだ。
 外装を先の闘いでオウカに破壊されて、雷帝の動力源である小型発電所が、外気に晒されている。ここにもう一度スピン・シューターを喰らえば、敗北と機能停止は免れない。
 
「ぐおおおおッ!!」

 寸前。
 あと数センチで被弾、という寸前で、回転する鋼鉄の球体をインデュラは弾いた。
 上半身は仰け反り、両手は高く上がっている。必然的に、その胴体から下は無防備となった。
 
「ええっええ―――いっ!!」

 ダッシュの加速を乗せたサクヤの身体は、鋼鉄の弾丸であった。全身でぶつかっていく、飛び蹴り。
 ミサイルが突き刺さるかのごとく、インデュラの腹部に真っ直ぐ伸びた右脚が埋まる。
 
 ドギャアアアッッ!! と衝突の音が響いた。女子高生のキックが、奏でるべきではない音色。
 
 「く」の字に折れ曲がったインデュラが、地面と水平に飛んで倉庫の壁に激突する。その距離ざっと、20m。
 冷たい床に崩れ落ちた雷帝は、ピクリとも動かなくなった。
 
「……ドールピンク・サクヤ、と言いましたね?」

 破壊者シーヴァの視線は、彼方に飛び去ったインデュラをすでに見ていなかった。自分より50センチは低い桃色の闘姫を、冷たく見下ろす。
 ひるまなかった。サクヤはひるまなかった。
 恐ろしい相手だと、知識でも肌感覚でもわかっている。はるえさん……オウカの肢体を、半壊させた張本人だと知っている。
 
 それでも不思議と、怖くはなかった。
 怯えの感情より、怒りが遥かに勝っていた。
 
「そうだよっ!! 今度は私が、はるえさんを助けるっ!!」

 自分はオウカに、危ないところを助けてもらった。
 ならば今度は、私の番だ。
 インデュラの電撃に苦しみ、惨めに痴態を晒していた私を、オウカは救ってくれた。そのオウカが、もっと酷い目に遭っているなら……命と引き換えにしても、救うべきだ。
 受けた恩は返す。それは、立花春香にとって、人間として当たり前の行動だった。
 
「私はっ!! 大した力もないけどっ!! 自分に恥じる、生き方はしないっ!!」

「人間ごときが、生意気ですね」

 4つの腕のひとつを、青い機体のアンドロイドが向ける。
 その先端に、穴が開いていた。人差し指が入るほどの、直径。銃口だと気付いた時には、反射的にサクヤの肢体は横に跳んでいた。
 
 真っ赤なレーザーが、数瞬前まであった、ピンクのブレザーの残像を撃ち抜く。
 
「きゃああああっ!?」

 サクヤの口から悲鳴が割って出ていた。身がギュッと縮んだようにすくむ。宙を飛んでいたのは、むしろラッキーだったかもしれない。立ったままなら、きっと恐怖に固まっていた。
 床に落ちると同時に、くるくると横転しながら立ち上がる。横転というと聞こえはいいが、正確にはゴロンゴロンと転がる、といった具合だ。決して見栄えはよくないが、動けているのは悪くなかった。立ち止まったらきっと、さっきのレーザーにドールピンク・サクヤは穴だらけにされてしまうだろう。
 
 新たな腕。ギュルギュルと回るドリルの先端が、目の前まで迫っていた。いつの間にかシーヴァは、サクヤとの距離を詰めている。一切の容赦なく、抹殺する気でいるのがわかる。
 
 顔面に突き出されるドリルを、ほぼ無意識のうちに右腕が弾いていた。
 技量などではない、ただの生存本能であったろう。愛らしいマスクを守ることを、サクヤは自然に身につけていた。類い稀な可憐な美貌は、傷つけられることなく守られた。
 
「ううう”ぅ”っ!! ええぇ”っ――いっ!!」

 ドリルの腕を弾いたために、一瞬、サクヤの視界は良好となった。シーヴァの脇腹が、よく見える。今ならきっと、一撃を叩き込むことができる。
 刹那の間、サクヤは迷った。大和独人からは、『逃げろ』と指令を受けている。まともに闘っても、勝てない相手だと。今攻撃に転じても、無意味に終わるかもしれない。
 
「でもっ!! はるえさんを助けるにはっ!!」

 ここでシーヴァを倒すのが、最善の選択に決まっている。
 サクヤは思い切り、右脚を真横に大きく振った。人生初のミドルキック。格闘技経験のない女子高生としては、スムーズでキレのあるフォーム。
 鐘をつくような重い音色が響いて、右脚の脛に衝撃が走る。
 サクヤのミドルキックは、見事にシーヴァの脇腹に吸い込まれていた。だが、効いていない。それはサクヤ自身が一番わかっている。
 
「ぐううっ……こ、これはっ!!」

「この私を足蹴にするとは……覚悟はできているのでしょうね? ドールピンク・サクヤ」
 
 闘う相手がまさに金属の塊であることを、サクヤは実感した。
 三幹部というだけあって、破壊者シーヴァの青色の超合金ボディは、インデュラとはまるで強度が違っていた。むしろ、自分の脚がよく痛くないものだと、少し感激してしまう。
 
 だが、鋼血によって得た我が身の変化に、驚いている余裕はなかった。
 シーヴァの腕は4本あるのだ。そのうちのひとつ、刃を回転させたカッターが、サクヤに殴りかかってくる。
 
 ギャリギャリギャリッ!! ギャイイ――ンッ!!
 
「きゃああああっ――っ!!」

 左肩から右の脇腹へかけて。
 鋭いカッターが、斜めにサクヤを斬りつけた。衝撃が駆け抜け、火花が飛び散る。
 むろん、立花春香のままであったら、その柔らかな肢体は半分に切断されていただろう。
 だが、鋼血によって、ピンクのブレザーも肉体自体も鋼鉄と化している女子高生は、2mほど弾き飛ばされたものの表皮一枚破れてはいなかった。火花が飛んだのも、摩擦によるものだ。
 
「ううぅ”っ……!! 痛みはゼロってわけじゃないんだ……っ! でもこれなら……耐えられるっ!!」

 吊り上げられたオウカが無惨に破壊されているのと比較すれば、サクヤの防御の硬さがわかる。
 恐らくは、鋼血が濃密であるから、だろう。長く闘い続けていたオウカと異なり、サクヤは変身ホヤホヤなのだ。体内を巡る鋼血の量や濃度も、まだ豊富であった。
 逆にいえば、鋼血の消費量が多くなるほど、iドールは脆くなる、ということにもなる。具体的にいえば長時間の戦闘や、ダメージを受けての出血など。
 
 となれば、当然短期勝負を仕掛けたくなる。
 サクヤに焦りが生まれたのも、仕方がなかった。わずか十数分前まで、可憐なルックスを除けば、立花春香はただの女子高生だったのだ。
 青色の合金ボディと4本の腕を持つ異形のアンドロイド相手に、冷静な判断などできるはずもない。
 
「スピン・シューターっ!!」

 手の中に戻っていた鋼鉄のヨーヨーを、渾身の力で投げつける。
 これしかないのだ。武器は。大和独人から鋼血を得たものの、ドールピンクとして闘う術を、サクヤは他に持っていない。三幹部と闘うには、準備も道具も経験も、何から何まで不足していた。
 
 ガイイ――ンンッ!! と硬質な音色を響かせ、棘付きの回転体は、シーヴァの胴体に易々と跳ね返された。
 
「あ”っ……!?」

 今更のように、『逃げるしかない』と言った大和の声が、脳裏にしみじみ染み入った。
 
「笑ってしまいそうに、愚かな娘ですね」

 弾き返されたスピン・シューターを、シーヴァの腕のひとつ、マジックハンドが掴んでいた。思い切り、引っ張られる。
 しまった、と思った時には、サクヤの小柄な肢体は宙を舞っていた。
 元がヨーヨーであるスピン・シューターは、棘付きの鉄球とサクヤの中指とが細いチェーンで繋がれている。自然、ピンクの闘姫が飛んでいく先には、破壊者シーヴァが待ち受けている。
 
 ギュルギュルと回転するドリルが、サクヤの腹部にカウンターで突き刺さった。
 
 ドボオオオォォッ!! ギャリギャリギャリリィッ!!
 
「うぶぅ”ぅ”っ――っ!!! うわあああ”あ”あ”ぁ”っ~~~っ!!!」

 お腹から半分に折れ曲がり、「く」の字をさらに潰した姿となるサクヤ。
 その首筋に容赦なく、鋭いカッターがギャリギャリと刃を食い込ませていく。
 
「んぎい”ぃ”っ!? きゃあああ”あ”あ”ぁ”っ―――っ!!! あああ”あ”ぁ”っ~~~っ!!!」

 腹部をほじられ、抉られていく実感が……首をギザギザの刃で刻まれていく実感が……確かにサクヤを襲っていた。
 現実には、硬質化した皮膚は、シーヴァの凶刃をまだ耐えている。瑞々しさに満ちた若い肢体は、肉を削ぎ落されずに済んでいた。
 しかし、痛みと恐怖。確実に叩き込まれるそれらに、サクヤの心が脆くなっていく。生きながらにして鳩尾に穴を開けられ、首を切断される……そんな悪夢を徐々に現実としようとするドリルとカッターの攻撃に、ブレザー少女は錯乱した。
 
「きゃあああ”あ”あ”ぁ”っ~~~っ!!! ああ”っ!! うああ”あ”っ―――っ!!! やめてっ、やめてぇ”っ――っ!! このままじゃっ、私っ!! 私ぃ”っ――っ!!」

 叫ぶサクヤのミディアムの黒髪を、マジックハンド型のマニピュレーターがガッシリと鷲掴む。
 そのまま倉庫の冷たい床に、ピンクの闘姫は背中から叩きつけられた。
 
「んぐふぅ”っ!! ……ぇ”ア”っ……!!」

 衝撃でベコンッ!! と床が陥没する。
 背骨が砕け、内臓が口から全て飛び出るのではないか、とサクヤは思った。実際に飛び出たのは、鮮血の滲んだ唾液の塊。
 息が詰まり、しばし呼吸ができなくなる。視界がブレていた。腕一本でも、シーヴァのパワーはサクヤを遥かに凌駕している。
 
 全身を麻痺させ、ほぼ動けなくなったサクヤを、シーヴァは解放しなかった。
 今度は持ち上げる。金属で出来た腕が、小柄なドールピンクを一気に上昇させる。
 
 待っていたのは天井、ではなかった。
 巨大なペンチ、あるいは洗濯ばさみといえばいいか。オウカを拘束しているのと同じ、物資を運搬するための鋼鉄のアーム。
 重く、硬く、頑強な金属の塊に、サクヤの後頭部は容赦なく激突した。
 
 ガゴオオォッンンンッ!!!
 
「あがああ”あ”ア”ァ”っ―――っ……!!!」

「ッ!! ……は、春香ッ…………!!」

 近くで吊るされているオウカの声が、かろうじてサクヤの耳に届いてきた。
 意識がブラックアウトしかかっている。手や脚が、勝手にブルブルと震えていた。頭のてっぺん付近が焼けるように熱く、脈打つように痛みがズキズキと跳ね回る。
 頭が割れたかと、サクヤは思っていた。猛烈な吐き気が押し寄せてくる。

「うあ”ぁ”……ぅぶぅ”っ……!! ああぁ”っ~~……っ!!」

 視界がぐるんと回転する。
 自分が瞳を裏返しかかっているからだと、脳裏のどこかでぼんやり悟っていた。
 半開きになった口から唾液の糸を垂らしつつ……ドールピンク・サクヤは、どしゃりと床に落下した。
 
「これがドールピンク・サクヤ……オウカと同じく、いえ、それ以上に弱いですね」

 滑るように近づくシーヴァが、4本の腕のひとつ、銃口を床に這いつくばるサクヤに向けてくる。
 あそこから発射されるレーザーを浴びるのは、危険であるとサクヤもわかっていた。だが、身体は思うように動かない。マジックハンドからはすでに解放されているが、後頭部を強打されて脳が揺れているのだ。
 人類の殲滅を目指す『ネクスター』の幹部に、慈悲などあるわけもなく。
 真っ赤なレーザーが、一直線にドールピンク・サクヤの胸中央に照射された。
 
「はあう”っ!? きゃあああ”あ”あ”ぁ”っ―――っ!!! いやああ”あ”あ”ぁ”っ~~~っ!!!」

 ピンクのブレザーと白のシャツに包まれたサクヤのバストが、赤銅色に変わっていく。
 ジュウジュウと音を立てて、鋼血で強化された制服が溶けだしていた。愛くるしい顔が歪み、横臥した肢体がビクビクと痙攣する。
 キュートなルックスからは、意外と思えるほど発達したふたつの膨らみが、たぷんと外に溢れ出てくる。
 
「あ”っ、あああ”っ!! ……いやぁっ、いやああ”っ……!!」

 レーザーが中断した瞬間、サクヤは己の胸を自ら抱き締めて、冷たい倉庫の床を転がり回った。
 苦痛と、乳房を晒す恥ずかしさ。
 ただ胸を見られるだけでなく、そこだけ開放するように制服を溶かされたため、官能的な背徳感が尋常でなかった。漂うエロスを、サクヤ自身が自覚してしまう。
 
「次でトドメです。ドールピンク・サクヤ」

 再びシーヴァの銃口が、桃色の闘姫に照準を合わせた。
 一旦レーザーが中断したのは、むろんアンドロイドの優しさや情け、などではない。ただ単に、連続で照射する限界がきただけのことだ。
 サクヤが闘いの素人であろうと、実力に差があろうと、一切の容赦なく破壊者シーヴァはドールピンクを抹殺にかかった。

(……やっぱり……勝とうなんて思わず、逃げ続けるべきだったかもしれないね……)

 グツグツと、煮え立つような胸部の痛みに耐えながら、サクヤはゆっくり立ち上がった。
 
(でも、はるえさんを助けなきゃ、意味はないもん……シーヴァを倒そうとするのは、きっと間違ってない……っ!!)

「わ、私はっ……確かに弱いよ……! はるえさんと比べたら、なにもできない……」

「我ら『ネクスター』に……機械生命体に歯向かったことを、後悔しながら死になさい」

「でもっ! どれだけ弱くたって……闘わなきゃいけないときはあるっ!! 弱いからって、私は逃げないっ!!」

 顔色ひとつ変えることなく、シーヴァの腕から深紅のレーザーが撃ち込まれた。
 ボシュンッ!! と空気を焼き、空間を切り裂く。佇むサクヤに、一瞬で迫る。
 バッと右の掌を広げ、サクヤは前方に突き出した。
 それで防御する気か――? シーヴァの眼が、わずかに笑った気がした。その通り。貫通力のあるレーザーを前に、片手ひとつで防げるわけもない。そんなことは、サクヤもちゃんとわかっている。
 
 バシュウウウッッ!!!
 
 真っ赤なレーザーは、サクヤの右手をかすって過ぎた。
 第一関節から先の人差し指が、レーザーに射抜かれ消滅していた。
 
「きゃああああ”あ”あ”ぁ”っ~~~っ!!!」

 可憐な少女の悲鳴があがる。千切れ飛んだ人差し指の切断面から、鮮血が噴き上がる。
 
「愚かですね。そんなことで、私のレーザーを止められるとでも……」

「これでっ!! いいんだよっ!!」

 汗を浮かべたサクヤのアイドルフェイスが、燦々と輝いた。
 苦痛に耐えながらも、闘志と自信に満ちた、決意の表情。
 
「鋼血って言うくらいだからっ!! きっと私の血自体も、硬くなる、はずっ!!」

 指鉄砲を、撃つように。
 サクヤは右手を構えた。その人差し指の先端からは、赤黒い血が噴き出している。肉体も衣服も鋼へと変える、鋼血が。
 
 ドシュウウウッッ!!
 
 接近していたシーヴァの額に、鋼血の弾丸がヒットする。
 眼を見開いた4本腕のアンドロイドは、その動きを停止した。
 
「……や……った……? ……」

 私が、勝ったの?
 戸惑いのなかで膨れ上がる喜びを、サクヤが爆発させようとした、瞬間であった。
 
「あの程度でオレを倒せたなどと、思い上がるなよッ、小娘ェッ!!」

「あ”っ!? イ、インデュラっ!?」

 サクヤをガッチリと捕獲したのは、目の前の三幹部シーヴァではなく、背後から襲い掛かってきた雷帝インデュラ。
 しまった、と思った時には遅かった。太い腕が首に巻き付き、宙に浮きあがるほど締め付けていく。
 180㎝はあろうかというインデュラにグイと引き上げられると、151㎝しかないサクヤは爪先立ちになるしかなかった。
 窒息の苦しみに喘ぐ女子高生の鼻先に、突き付けられたのはインデュラのもう片方の手。
 USBメモリのコネクターを思わす銀色の指先が、バチバチと電撃の火花を飛ばしている。
 
「くう”、うっ!! や、やめぇ”っ……!!」

「シーヴァの代わりに、オレがお前を破壊してやるッ!!」

 高圧電流の発生源となった5本の指を、インデュラはすべてサクヤの左胸に押し付けた。
 
 バヂバヂバヂィッ!! バババババッ!!
 
「はきゅう”っ!? ふぇあ”っ、あああ”あ”あ”ぁ”っ―――っ!!! きゃああ”っ、む、胸がぁ”っ――っ!! ば、爆発しぢゃう”ぅ”っ~~~っ!!!」

 露出した、豊かな白い乳房が、バチバチと火花をあげる。
 丸くくっきりと浮かび上がったバストに5本の串を刺され、尚且つその穴から爆薬を詰め込まれたような激痛にドールピンク・サクヤは絶叫した。小さな爆発が何度も起こり、シュウシュウと白煙が昇り続ける。
 左の乳房が、破壊されていくのをサクヤは悟った。
 激痛と、痺れるように広がる甘い疼きに、反撃したくても悶えることしかできない。
 
「へああ”ぁ”っ!! ふぎゃああ”っ――っ!! きゃあああ”あ”あ”ぁ”っ~~~っ!!! 胸がっ!! 胸がぁ”っ!! 胸があ”あ”ぁ”っ―――っ!!!」
 
 バシュンッ!! バリバリッ!! ドドッ!! ボシュンッ!!
 
 縦横無尽に駆け巡る電流に、サクヤの左胸が内側から弾けていく。
 白い皮膚が破れ、爆発の炎とともに金属片やコードが飛び出すのを、ドールピンク・サクヤは虚ろな瞳で眺めるしかなかった。
 
「……人間の分際で……この私の顔に、傷をつけるとは……」

 胸への蹂躙を忘れるほど、一瞬サクヤのすべての感覚は、暗黒に呑まれたように凍結した。
 これが絶望なのだと、美少女は初めて思い知った気がした。
 眼前の破壊者シーヴァが、再びその青い巨体を動かし始めていた。
 
「まずはお前から処刑することにします。ドールピンク・サクヤ、人間に生まれてきたこと自体を後悔なさい」

 もうすぐ17年の人生が終わるのだと、サクヤは理解した。
 切り札も使い果たした桃色の闘姫に、もはや死を回避する方法はなかった――。
 


  7、はためく翼
 
 
 ――ねえ、そんなに気にしなくて、いいと思うよ。
 
 白衣を着た美少女が、大和独人の肩にポンと手を置いた。
 自動販売機の並ぶ、薄暗い休憩所。同じフロアに2箇所あるリフレッシュするためのスペースは、喫煙者用と禁煙に分かれているため、こちらは人気がない。研究員のほとんどは、ストレス発散のためについ手を出すのか、ヘビースモーカーばかりなのだ。おかげで閑散とした禁煙スペースは、独人と彼女、未成年のふたりが占拠するようになっている。
 
 独人と同様、若くしてこの研究室に入ることを許された彼女は、頭脳明晰であるばかりでなく、ルックスも人並み外れていた。天は二物を与えず、という言葉を、彼女の存在が反証している。
 
「……別に、気にしてなんか」

「ふふ、ウソウソ。ドクトくん、落ち込むと唇が吊り上がるんだもん。すぐわかるよ」

 咄嗟に口に手を当てると、唇の右側が、奇妙な形に歪んでいた。
 
「博士はさ、ドクトくんには特に厳しいんだよ。それだけ期待してるってこと」

「……ちぇ。いーよ、ヘンな慰めは。オレがここの誰よりも頭わりーのは、自分がよくわかってるから」

「そんなことない。ドクトくんは、天才だよ」

 大きくて澄み切った瞳が、じっと正面から独人を覗き込んでいた。
 柔らかに、微笑んでいる。
 ミスをして、博士に怒られると、彼女は決まって励ましてくれた。だから独人も、数少ない失態を彼女が犯した時は、泣き止むまでずっと隣に立っていた。
 十代の研究員は、たった二人しかいないから、それが当たり前だと思っていた。同じ境遇にあるもの同士、支えあうのは当たり前だと。
 
 それが初恋だったのかどうか、独人にはわからない。
 
「他の誰もが認めてなくたって、私だけは知っているの。大和独人は天才よ。ドクトくんが私を認めているなら……私の言葉も信じてあげて」

 微笑を浮かべていた美貌が、すっと不意に翳りを帯びた。切ないような、哀しいような。
 彼女の肩までに伸びた黒髪が、ふわりと揺れる。
 美しく、どこか思いつめたような顔が、ぐっと近づき、二人は自然に唇を重ねていた――。
 
 
 
 どっと噴き出した汗が、ドールピンク・サクヤこと立花春香の額を濡らしている。
 ただでさえ、まともに闘えば勝てそうにないというのに……眼前には破壊者シーヴァ。背後には雷帝インデュラ。そしてサクヤの肢体は、ガッチリと長身のインデュラに捕まってしまっている。
 
 鋼血で強化されたブレザーの制服は、胸部分が溶けてしまい、白くて豊満な丸みがふたつ、ぼろんと露出していた。
 さらに左胸は、インデュラの電撃によって、皮膚が何か所も弾けていた。内部から赤や黒のコード、あるいは銅線が、火花を噴いて飛び出している。
 
 ああ、私の身体は本当に、半分機械のようになってしまったんだ。
 
 柔らかな乳房から、金属の部品が覗いているのは、不思議な光景だった。ギョッとしてもおかしくない異変なのに、サクヤ自身にあまりショックはない。おそらく、陥った危機への恐怖と焦りが、打ち消しているのだろう。
 
「ドールピンク・サクヤ。『ネクスター』に歯向かっただけでなく、この私を傷つけた大罪……ただの処刑では許されないと覚悟していますね?」

 完全な機械生命体であるシーヴァに、表情の変化はなかった。だが、憎悪が渦巻いていることは、その異形の佇まいからハッキリと感じ取れる。
 
(もう一回っ……!! 鋼血の弾丸を撃ち込むしか、方法はないっ!!)

 鋼鉄の肉体を手に入れたサクヤだが、攻撃手段はほとんどなかった。
 先程は仕留めるまでには至らなかったが、鋼血の弾丸が一定の効果を得たのは間違いない。人差し指から噴き出す鋼血を、再度射出すべく、右の手に力を込める。
 
「あっ!?」

「同じ手が、二度も通用すると思っているのですか?」

 指鉄砲の構えを取る前に、サクヤの右手首は、シーヴァのマジックハンドに握られていた。
 グイッ、と強引に右腕をあげられる。ミルキーピンクのブレザーを着た女子高生は、授業で挙手をするかのようになった。
 ガラ空きになった右の腋窩に、シーヴァのドリルが容赦なく突き刺さる。
 
 ギャリリィッ!! ギャリギャリギャリッ!! ズガガガアッ!!
 
「うあああ”あ”あ”ア”ア”ァ”っ―――ッ!!! ひぶう”ゥ”っ!! うべえ”ぇ”っ――ッ、うべぇ”がああ”ァ”っ~~~ッ!!!」

 腋の下を抉られると、内臓にまで激痛が響くことをサクヤは知った。
 悶え暴れようとしても、細首を背後からインデュラに絞められているため、限界があった。ドリルが腋の下をガリガリと削っていく感触に、脳裏に火花が飛び散る。苦痛と恐怖に、意識が遠のきかかる。
 
「見えるか、ドールピンク・サクヤ? この赤銅色のコードが、貴様の乳首に繋がる神経だ」

 インデュラの指に、千切れたコードが摘ままれていた。数本が捻じり合わせて、束になっている。
 確かに、Dカップのバストの頂点付近から、コードは伸びていた。サクヤの記憶が蘇ってくる。そうだ、はるえさんもこの赤銅色のコードを、インデュラに嬲られていた。神経そのものが変化したというコードを電撃で焼かれ、はるえさんは哀れにも悶えまくって……
 
 ゾッとした瞬間に、ソレは来た。
 コードを指で摘まんだ雷帝は、高圧の電流を流し込む。
 
「へえ”う”ゥ”っ!? へああ”あ”っ――っ!! え”ア”ア”ア”ァ”ッ、アアア”ア”ッ~~~っ!!!」

 なにかの拍子に乳首がビンと弾かれ、思わず身体を震わせてしまう……そんな経験がサクヤにもあった。電撃を浴びたように、〝感じて〟しまうことが。
 そんな程度では済まされない、何十倍もの過激な快感が、左の乳首に注がれている。
 
「だめええ”え”ぇ”っ~~~っ!!! だめぇ”っ、こんなのだめえ”え”ェ”ッ―――っ!!! ア”っ、アアア”っ、しびれぇ”っ、シビレてぇ”っ~~っ!! お、おかひくぅ”っ~~っ!!!」

 セミロングの黒髪を振り乱し、半ば白目を剥いてサクヤは絶叫する。
 小柄な肢体がガクガクと痙攣した。無意識のうちに内股になり、キュンっと疼く下腹部をなんとか抑えようとする。
 タラタラと溢れる涎が、口元を濡らすのがわかった。だが、嬌声を止められない。せめて叫んでいなければ、発狂してしまいそうだ。
 
「クハハッ、脆いな、サクヤ! よし、電圧をあげてやろう。このままヨガリ死んでしまえッ!!」

「あがあ”ァ”っ!? あああ”ア”ア”ア”ァ”っ―――っ!!! おかじっ!! おがじぐぅ”っ!! ホンロにおがじぐなりゅぅ”っ~~~っ!!! こんなハア”っ!! こんはのぉ”っ~~っ!!!」

 ぬちゃっ、と股間の蜜壺が淫靡な音色を漏らすのが聞こえた。
 壊れたようにガクガクと前後に、激しくサクヤの全身が揺れる。一極集中、それも過激すぎる電撃愛撫。乳首を何十時間も責められ、その刺激が一斉に重なったらこんな愉悦になるのかもしれない。
 
 天を仰ぐサクヤの視界に、吊るされた瀕死のオウカが映る。
 オウカが同じように乳首の神経を責められた時、無惨に悶絶していたのが、今ならよくサクヤにも理解できた。いや、むしろあれを耐え切ったオウカは、やはり凄まじい精神力なのだ。
 
 ブクブクと、白い泡がとめどなく咽喉の奥から溢れてくる。
 ブシュッ、と下腹部で空気の漏れるような音がして、内股がひんやりと冷たくなる。ピンク色のプリーツスカートが中央部から濡れていくのを、サクヤは自身の瞳で確認することはできなかった。すでにその、大きな黒目がちな瞳は、完全に裏返ってしまっている。
 
「ちっ、ちくびぃ”~~~っ!! ちくびぃ”っ、もうとってぇ”っ――っ!! 千切ってぇ”っ~~っ!! こんらっ、こんらのぉっ~~っ……!! た、耐えられぇ”っ……ないぃ”ッ――っ!!!」

 鋼鉄と化したはずの肉体が、ビクビクと勝手に痙攣し、意志とは無関係にヒクつく。
 ぶしゅしゅッ!! と股間から、大量の飛沫が噴き出した。サクヤ自身、オシッコなのか別の体液なのか、もうわからない。
 ただ、乳首の神経を責められただけで、ドールピンクとなった自分が、ブザマな痴態を晒していることだけが理解できる。
 
「雷帝インデュラ。今度は私にやらせなさい」

 青色の巨体に4本の腕。異形の姿を持つ『ネクスター』の幹部が、ずいとサクヤの間近に迫ってくる。
 赤銅色のコードを貫く電流が、ようやくやんだ。ガクンッ、と全身を脱力させ、ゴボゴボとさまざまな体液を溢れさせるドールピンク・サクヤ。
 だが、コード自体から指を離さなかったインデュラは、貢物を捧げるように、シーヴァに向かって断線した先端を向ける。
 シーヴァの4本の腕のうち、コードに伸びてきたのは、鋭い刃が回転するカッターだった。
 
「ぅあああ”っ……!? アア”ッ、やめっ……!! お、おねが、いっ……!! そ、そんなのぉっ……!!」

 水晶のような雫が、たまらずサクヤの瞳の縁に浮かぶ。
 表情を変えることないシーヴァは、カッターを躊躇なく、赤銅のコードに押し付けた。
 
 ギュイイイ――ンンッ!! ギャリギャリッ!! ガガガァッ!! ギャギャギャアッ!!
 
「うぎゃあああ”あ”あ”ア”ア”ァ”っ~~~ッ!!! 死ぬぅ”っ!! 死んじゃうぅ”っ―――っ!!! いやあああ”あ”ア”っ~~~っ!!! もう許してぇ”っ―――ッ!!!」

 口からは泡を、股間からは半濁の飛沫をブシュブシュと噴いて、サクヤは絶叫した。
 腋窩を抉るドリル、そして乳首の神経を削るカッターの音色が、ますます大きくなる。鋼血の効果が薄くなっていた。硬度の弱くなったサクヤの身体は、間もなく貫かれ、切り刻まれることだろう。
 
(も、もうダメぇっ……!! カラダっ……も……心……も……げん、かいっ……!! 苦し……すぎて……おか、しく……っ……!!)

 糸が切れたように、サクヤの首がダランと垂れる。
 トップアイドルでも通用する可憐なマスクは、半開きの唇からトロリと舌がこぼれていた。白目を剥いた瞳は、長い睫毛をただピクピクと震わせるのみ。
 
 事実上、ドールピンク・サクヤは終わっていた。
 反撃どころか、動く力すら皆無であった。あとはただ、解体されるのを待つしかない――。
 
「春香あぁぁッ――ッ!!」

 地下倉庫いっぱいに轟いた声は、地上へと通じる入り口の扉付近から沸き起こっていた。
 ボサボサ頭の少年が、立っている。その痩身を目一杯突っ張らせて、叫んでいる。
 
「ッ!! あの小僧ッ……まだ」

 大和独人の姿を認め、雷帝インデュラは眼を細めた。
 
「待たせたなぁッ!! ……やっと……来たぜェッ――ッ!!」

「……ぇ”ぁ”……ア”っ!! ……ぁ”……まと、くん……ッ!! ……ちょ、ちょっと……遅い、よ……っ!!」

 無理矢理サクヤは、頬を緩ませ微笑の形をつくる。
 とても笑えるような状態ではなかったが、少しでも大和を安心させたかった。それと様々な体液を漏らしてしまった惨めな姿を……少しでも、誤魔化したかった。
 
「バカめッ!! 今更貴様ごとき小僧が来たところで、なにが出来るというのだッ!?」

「あれは先程いた少年ですね。ただの無力な人間がやってきたところで、まるで無意味です」

「バカはてめえらの方だぜッ、雷帝インデュラッ!! 破壊者シーヴァッ!!」

 いつも以上に大和の声は、鋭かった。
 たぶん、左胸から鈍色の金属部位を覗かせ、何本ものコードを飛び出せたサクヤの姿に、怒っているのだ。
 怒号にも似た叫びに、サクヤの胸がちょっと温かくなるのは、きっとそのため――。
 
「〝来た〟ってのはなぁッ、オレのことじゃあねえッ!!」

「……? なにを言っているのでしょう、あの男は」

「チャンスが〝来た〟って言ってんだよォッ――ッ!! はるえさんをッ、ドールピンク・オウカを取り戻すチャンスがなぁッ!!」

 大和が真っ直ぐ、人差し指を突き出す。機械生命体たちに、突き付けるように。
 その指がわずかに、ほんのわずかに。
 自分を指していないことに、シーヴァは気付けたかどうか。
 
「後ろだああああッ―――ッ!!!」

 インデュラの絶叫を聞いても、シーヴァにはその意味がわかっていないようだった。
 2mはある巨体の背後に、青い影が舞っていた。
 水色のシャツに、濃紺のカラーとプリーツスカートというセーラー服。スカーフの色も、眼にも鮮やかなマリンブルー。
 ポニーテールをなびかせた少女が、見事なフォームの飛び蹴りで、4本腕のアンドロイドに襲い掛かっていた。
 
「破壊者シーヴァッ!! ボクが、ドールブルー・ツバサだッ!!」

 自己紹介の声に、トラック同士が衝突したような轟音が重なる。
 ドールブルーを名乗った少女の脚が、鋼鉄の蛇がコーンロウのように並んだ後頭部に、直撃していた。
 
「なッ……!! なんだとォッ!?」

「雷帝インデュラッ!! 次は君の番だよッ!!」

 シーヴァの頭部が、ガグンッと前に倒れる。効いているのだ。この全身青みがかったセーラー服の闘姫の攻撃は、『ネクスター』の幹部に十分通用している。
 シーヴァの後頭部を踏み台にして、ツバサはインデュラにも上空から飛び掛かっていく。
 
 咄嗟にサクヤから離した両腕で、雷帝はクロスガードする。
 脳天の小型発電所に迫るキックを、かろうじて交差した二本の腕が受け止めた。激突の瞬間に弾ける、ガガガアアアンンッ!! という金属音。
 
 普通ではない。ただの飛び蹴りは、こんな重く、凶悪な音色を出さない。
 突如現れた少女は紛れもなくiドール。それも、脚を硬く強化しているのだと、瞬時にサクヤは理解した。

「きさ……まァッ!! なぜiドールがもう一体ッ……!?」

「言ったはずだぜッ、インデュラよォッ!!」

 離れた入り口に立つ大和が、唇を見せつけるように大きく吊り上げていた。
 
「仲間がここに向かってる、ってちゃんと教えただろッ!? ま、はるえさんにも内緒にしてたから、まさかと思うのは当然ッ!」

 加勢が向かっていることを教えてもらったのは、サクヤもつい先程のことだった。
 お前を助けるためにふたりもiドールを使った、なんて知られたら、はるえさんに呆れられそうで……と、その時の大和は下を向いた。サクヤとしては、どう反応していいか、わからない。私のせいで、と罪悪感にも似た気持ちに駆られるが、結果的に『ネクスター』を騙せたのは好都合だ。
 
「好きな女と大事な先輩守るためにはッ!! できることは全部すんのが、当ったり前だろォォがァッ――ッ!!」

「インデュラッ!! 君の相手はボクでしょッ!?」

 両腕のガードの上から、ポニーテールの少女はガツガツと足踏みして蹴りつける。
 その名の通り、本当に翼が生えているかのように、空中に留まり続けていた。
 
「ぐうッ……!! き、貴様らぁッ――ッ!!」
 
「ハアアッ――ッ!!」

 ドキャアアアッ!! と音がして、ドールブルーが振り下ろす蹴りにインデュラが吹っ飛ぶ。
 セーラー服に包まれたスレンダーな肢体は、蹴りの反動で高々と舞い上がった。
 
 天井からぶら下がる、太い黒色のケーブルをツバサは握る。
 物資を運ぶためのクレーン、その移動に使うケーブルだった。途中で切断されたそれを、青い闘姫は密林に垂れさがる蔓に見立てて、ターザンよろしく飛んできたのだ。
 
「ねえ、君ッ! 君がドクトの想い人だという、春香チャンだね!?」

 想い人、などという単語を初めて生の音声で聞いて、こんな時なのにサクヤはドキドキした。
 真っ直ぐに仰ぎ見るツバサは、切れ長の瞳が印象的な、美少女だった。中性的な物言いが、可憐なルックスとそぐわなくて、ちょっと不思議な気持ちになる。
 
「……は……いっ!!」

「よくやったね。さあ、今のうちに逃げてッ! オウカのことはボクに任せてッ!」
 
 いまだブランブランと揺れるケーブルを、ツバサはするすると昇っていく。
 凄いボディバランスの持ち主だった。鋼血で強化されたパワーだけでは、とてもこうはいくまい。
 激痛が疼く左胸を押さえながら、サクヤは立ち上がった。上空で揺れるポニーテールが、なんとも頼もしい。
 
 ここまで、ほとんど大和が立てた作戦通りだった。
 サクヤが負ったダメージは想定以上だが、ドールブルー・ツバサの存在は完全に『ネクスター』の虚をついた。このままオウカを奪還し、あとはこのデパートを全力で脱出すればいい――。
 
「テヤアアッ――ッ!!」

 天井で、オウカの両腕を拘束している金属アームを、ツバサは強烈に蹴り上げる。
 ペンチの先を巨大化したような、1mほどはあるアームがガコン! と揺れた。衝撃で、オウカの腕が拘束から外れる。
 すかさず白桃色のセーラー服を、濃紺と水色のセーラー服が抱き締めた。
 
 ついにオウカの救出に、成功したのだ。誇らしげな、それでいて柔らかなドールブルーの表情が、見上げるサクヤの瞳にもハッキリわかる。
 空中に浮いたツバサが、安堵の気持ちに浸ったのも、無理はなかった。
 
 ガゴオオオオッンンッ!!!
 
「っ……きゃああああッ――ッ!?」

 視界に飛び込んできた光景に、サクヤはたまらず叫んでいた。
 
 ポニーテールに纏めたツバサの後頭部から、鮮血が噴き出している。
 理由は明白だった。先程までオウカを拘束していた金属アームが、ツバサの背後を襲ったのだ。
 巨大な鋼鉄の塊に、フルスイングで後頭部を殴られれば無事で済むわけがない。
 
「うあがア”ッ……!! アア”ッ……!!」

 オウカを抱いたまま、倉庫の床へと墜落する青色の闘姫。
 空中で体を動かし、自らを下にしたのは、いかなる執念、いやオウカへの慈愛なのか。スレンダーなツバサの肢体が、背中から激突し、重い音色を響かせてバウンドする。
 
「ゴフッ!! ……ぐぅ”ッ!!」

 一体、なにが起こったというのだッ!?
 
 事態を呑み込めないのは、サクヤもツバサも大和も、皆が一様だった。シーヴァもインデュラも、いまだ態勢を整えることが出来ていない。操作をしたものなどいないはずなのに、何故、意志をもったように金属アームが勝手に動いたのか。
 
「愚かな。忘れたのでしょうか」

 動揺するiドールたちに、答えを与えたのは、破壊者シーヴァだった。
 
「このデパートは、我ら『ネクスター』の一員になったことを。建物内の全てが、我らの仲間です。忌々しきiドールどもよ、あなたたちは決して逃がしはしません」

 フォークリフトが、猛スピードで突っ込んでくる。
 コンテナ運搬用の車両は、すでにデパートのマザコンに支配されているのだ。こんなスピードが出せたのか、と驚く速さだった。4つの車輪が、煙をあげて回っている。前に突き出た2本のフォークが、明らかに鋭く磨き抜かれて、ギラギラと光っていた。
 
「あっ、危ないっ――ッ!! 逃げてぇッ――ッ!!」

 懸命に助けに向かおうとするものの、サクヤのダメージも深い。ヨロめく脚では、素早く近づけない。
 歯を食い縛って立ち上がろうとするツバサ……ではなく、仰向けに転がったまま、ピクリとも動かないオウカへと、真っ直ぐフォークリフトは疾走する。
 
 なんて、卑怯なっ!!
 
 サクヤが憤ろうと、どうにも出来なかった。敵は、血の流れぬ機械軍団は、動けるツバサではなく、瀕死のオウカをターゲットにしたのだ。
 次に展開するであろう光景を予測できても、ドールピンク・サクヤに阻止することは出来ない。
 
 ドガアアッ!! ドボオオオォッ!!
 
「あぐウ”ゥ”ッ!! ウグウウウウ”ゥ”ッ―――ッ!!!」

 高速で突っ込んだフォークリフトの前に、青いセーラー服の少女が飛び込んでいた。
 オウカを抱き締めたツバサの背中に、鋼鉄のフォークがズブリと刺さる。生身の人間なら、背骨の粉砕は避けられる衝撃。
 ドールピンクとブルー、絡み合ったふたりが大きく宙を吹っ飛んだ。入り口付近の大和の近くまで、ゴロゴロと転がっていく。
 
「いっ……いやあああっ―――ッ!! ツバサさんっ!!」

 もうひとりのドールピンクであるサクヤは、必死に脚を動かした。
 うつ伏せに倒れたポニーテール少女は、虚ろに瞳を泳がせ、ドクドクと吐血を流している。
 あちこちから金属の部品を剥き出しにしたオウカは、丸い瞳を閉じたままだった。
 
「結果的には、都合3人。iドールなどという目障りな邪魔者を、まとめて始末できそうです」

 先輩闘姫たちの名を叫び続けるサクヤと、ガクガクと震えて硬直する大和。
 そんなふたりに、冷たい声が降りかかる。態勢を直した破壊者シーヴァが、レーザーの銃口を突き付けていた。
 
「ぐうッ!! うううッ!! バカなバカなバカなッ!! 考えろッ、考えろッ、オレッ!!」

「大和くんっ、逃げてッ!! ここは私たちが盾になるっ!! だから大和くんはッ!!」

「バ、バカなッ!! それこそバカなッ!! 春香ッ、お前を守るためにオレはッ……!!」

 互いを倉庫の出入り口へと押し合う若いふたりを、シーヴァは無感情な眼でみつめた。
 その腕のひとつ、レーザーガンの射出孔に、赤い光が充満していく。
 シーヴァからすれば、誰をも殺せる、絶好のチャンスに違いなかった。
 
 せめて、私を撃って。
 瞬間に、死を覚悟したサクヤは、己が犠牲になることで、出来たばかりの仲間たちを救おうと願った――。
 
 ドシュウウウッ!!!
 
 一直線に撃ち出されたレーザーが、白桃色のセーラー服の、腹部に吸い込まれていた。
 四肢を広げ、大の字になって立ち上がった……ドールピンク・オウカの。
 
「ッ!!? は、はるえさんッ!!」

 サクヤと大和、ふたりの叫びが重なった。
 
「……すでにスクラップ同然のものが、邪魔をしましたか」

「ダッ、ダメだッ!! それ以上その身体で攻撃を受けたらッ……!!」

 抑揚のないシーヴァの声に、苛立ちを感じたのは気のせいだったか。
 声をあげることしかできない少年と、ふたりのiドールの目の前で。
 連続で射出されるレーザーが、ショートヘアーの闘姫を蜂の巣にしていく。
 
 ドシュッ!! ドシュウッ!! ドシュウッ!! ドシュドシュドシュッ!!
 
「は、はるっ……!!?」

 赤いレーザーが、ミルキーピンクのセーラー服に、次々と着弾する。オウカの胸に、腹部に、漆黒の穴が開く。
 彫りの深い、端正な美貌は、凍えたように表情を変えなかった。
 ただ、ゴブリッと、ドス黒い鮮血を吐き出す。
 
「トドメです、ドールピンク・オウカ」

 キュウウウンン……とシーヴァの指で、深紅の光が塊になっていく。小型の太陽が、指先に出現したかのように。

「……ッ……私……から……ッ……!! 離れてッ……!!」

 それだけを、オウカは言った。大の字で、立ち尽くしたまま。
 それまでよりも濃度を増した真っ赤なレーザーが、ショートヘアーの闘姫のお臍部分に直撃した。
 
 ジュボオオオオッ!!!
 
 灼熱のレーザーが、ドールピンク・オウカの腹部を貫通していた。
 鋼血によって、半ばメタル化した闘姫の胴体は、お臍を中心にバレーボール大の空洞が出来ていた。
 オウカの腹部は撃ち抜かれ、そのポッカリと開いた穴に、無数の断線したコードが覗く。
 
「は……るっ……!! いやあああああ”あ”ア”ア”ア”ァ”ッ~~~っ!!!」

 サクヤの悲鳴に合わせるように、オウカの鼻と口から、ドロリと粘ついた鮮血が垂れる。
 そのままゆっくりと、空洞の開いた桃色の闘姫は、仰向けに倒れていった。
 
「ッ!!!」

 大和が、サクヤが、懸命にオウカの身体を抱きとめた。このひとを、冷たい倉庫の床などに倒れさせては、絶対にならない。
 
 ふたりの腕のなかで、ドールピンク・オウカこと花咲はるえの鼓動は、急速に小さくなっていった――。
 
 
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| 鋼血の姫甲士 | 10:20 | トラックバック:0コメント:1
コメント
ドールの続きを公開していなかったので(;^ω^)、今更ですけどアップしました。
pixiv、ファンティアを中心とした活動になってきているので、こちらはどうしてもおろそか気味になっております…(^▽^;)

このドールも、短めの話になる予定なのですが、最後までお目通しいただければ幸いです。
2018.03.30 Fri 10:24 | URL | 草宗
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