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巨大変身ヒロインのオリジナル小説を書いている草宗の独り言をつぶやくブログです。

草宗の書斎

シン・ゴジラが凄すぎた・・・ | main | ウルトラ戦姫物語 パラレル編 最終章 「凌辱と恥辱の狭間で」
レッスルエンジェルス AWGP予選 第六試合 氷室紫月vs寿零

AWGP王座決定戦 予選 第六試合

氷室紫月 VS 寿零

 《予選第六試合 試合前、控室》
 
 
 シャワールームで試合の汗を流し、フレイア鏡は柔らかな肌触りのバスローブに身を包んだ。
 視線の先には、いまだ黙々とシャドーボクシングを繰り返す、寿零(ゼロ)がいる。
 零の足元には、そちらの方がシャワー後なのではないかと思わせるほどの、大量の雫が水溜りを作っていた。むろん、その正体はウォーミングアップによる汗だ。
 
 緑色のショートヘアに、感情の見えない据わった瞳。
 クールな外見といい、マシンのように精確で素早い打撃といい、〝殺戮兵器”という二つ名がピッタリの雰囲気だった。寿零という選手のウワサはほとんど聞いたことはなかったが、ワールド女子プロレスの一員としてともに一か月を過ごした今では、彼女の実力を身に染みてわかっている。
 
 試合では、特に『裏武闘館』でのなんでもアリのルールでは、絶対に闘いたくない相手であった。

 
 鏡はひそかに思っている。日本最強のレスラーを決定するというこのAWGP王座決定戦、自分以外に優勝候補をあげろと問われれば・・・すんなりと出てくるのはふたつの名前だ。
 寿零と大空みぎり。ともにワールド女子に所属する、まだ無名の新人選手たち。
 だが、このふたりの身体能力は鏡が知る誰よりも、群を抜いて高かった。
 
 パンサー理沙子よりも。マイティ祐希子よりも。ビューティ市ヶ谷よりも。サンダー龍子よりも。
 
 ・・・私のような特別な存在でなければ、こんなバケモノたちを倒すことなど不可能ですわね。
 
「・・・零さん。そろそろあなたの試合ではなくって?」

 心の声などおくびにも出さず、鏡は優雅に微笑んでみせた。
 左右の拳を軽やかに繰り出していた零が、ようやく動きを止める。それまではどれだけ激しく動いても能面のようだった顔が、みるみるうちに赤く変わった。
 
「あ・・・そうだった・・・」

 自らの出番が近いことに気付いたようで、零はそそくさと競泳水着のようなシンプルなリングコスチュームに着替え始める。
 
「対戦相手の氷室紫月は、あなたのお姉さん、寿千歌(せんか)が元々は見出した選手だそうですね?」

 零の義姉である千歌は、ビューティ市ヶ谷を敵対視することに人生を捧げたような、ある意味で可哀想な人物だった。本来なら華やかな未来が約束されていたはずなのに、鬱屈した性格のせいで自爆してしまった残念なひと、とも言える。
 
 寿家は市ヶ谷家にも劣らぬ名門の財閥であり、千歌は柔道の選手でもあった。自然、似た境遇にあるビューティ市ヶ谷をライバルと意識することになるが、日本一にまで登りつめた相手には敵わない。
 世の中はなんでも思い通りになる、と信じていた千歌にとっては、打倒市ヶ谷は生涯のメインテーマとなってしまった。とうの市ヶ谷自身はまるで千歌を歯牙にもかけない・・・どころか存在すら気付いていないようなのが、さらに千歌を意固地にさせたようだ。
 
 市ヶ谷を倒すために、徹底的に闘いの英才教育を施して鍛え上げたのが妹の零であった。
 その後、千歌は次々に才能ある選手を発掘し、レスラーへの道に導いていく。大空みぎりや氷室紫月も、それらのうちのひとりだった。
 それからどこがどう繋がっていったのか、鏡には詳しいことはわからないが、千歌の打倒市ヶ谷の願いは新日本女子プロレスの崩壊を目論む一派に飲みこまれていったようだ。
 ワールド女子の潤沢な資金の一部は、寿財閥から算出されていると聞く。零やみぎりが団体に所属しているのも、むろん無縁ではないだろう。
 
「うん・・・お姉さまから聞いたこと、ある・・・」

「では紫月は裏切者というわけですわね? 千歌さんやあなたの元から、離れてしまっているのですから」

「そういうわけじゃ、ないけど・・・運命に導かれたらしいから・・・いいんじゃないかな、って・・・」

 零の口調から判断する限り、紫月に対する恨みなどは、まるで抱いていないようであった。むしろ己の道を見つけた紫月を、応援しているとすら言いたげだ。
 喋り方からも、ほのかに頬を染めた様子からも、朴訥で温厚な性格が滲み出ている。
 リングを降りた零は、本来は到底〝殺戮兵器”と呼ばれるような少女ではなかった。穏やかで、虫を殺すことも躊躇うのが彼女の素の姿なのだ。
 
 だが、リングにあがれば話は変わる。
 与えられた指令をクリアするため、ただひたすらに零は勝利を目指す。
 家族であろうと、元同僚であろうと・・・対戦相手を仕留めるまで、零は容赦なく闘うだろう。
 もちろん相手が、ワールド女子の仲間であり先輩である、フレイア鏡であっても、だ。
 
「・・・時間のようですわよ、零さん」

「あ、はい・・・行ってきます」

 ペコリと緑の頭を下げ、微笑む鏡の前から、寿零は去っていった。
 『裏武闘館』の戦場に立つため。
 
 
 
「・・・寿零・・・寿千歌の妹・・・」

 東京女子プロレスの控室。隅に備えた作業机の上に、氷室紫月は2枚のタロットカードを置いていた。
 重要なときでも、そうでないときでも、タロットで占うのが紫月の日常だった。長い髪と清楚な顔立ちの和風美女にとって、占いは呼吸のようなものだ。
 紫月の脳裏には、過去の出来事が蘇っていた。随分遠いような、案外最近だったような、寿千歌との出逢いと別れ。
 千歌のことは決して嫌いではなかったが、タロットカードは東京女子プロレスへの移籍を後押しした。その選択が正しかったかどうかは紫月にはわからないが、仲間である草薙みことや伊達遥、ソニックキャットのことは好きだし、経営下手で真面目だけが取り柄の社長も気に入っている。
 
「・・・予選でいきなり当たるなんて・・・これも運命・・・」

 零のことは千歌の妹というだけで、詳しいことはなにも知らなかった。零と入れ替わるかのように、千歌のもとを離れたのだ。何者かが意図したかのように、ふたりはこれまですれ違いを続けてきた。
 それが今日、歯車が噛みあったかのように対戦することになるなんて。
 紫月でなくとも、運命の存在を感じずにはいられなかっただろう。
 
「でも私は・・・止まることはできない・・・社長を、喜ばせるためには・・・」

 弱小団体である東京女子プロレスにとって、日本最強の称号であるAWGPの王座は咽喉から何本も手がでるほど欲しいものだった。
 本来はあらゆる物事に欲がない紫月が大会出場を決断したのは、ひとえに社長と仲間たちを喜ばせたい、その一心のみだ。薄い給料袋を手渡しながら、「済まない」と頭を下げてくる社長に、紫月は笑顔でいてもらいたかった。
 
 2枚のタロットカードは、これから闘いに向かう自身のことと、試合自体を占ったものだ。
 紫月のしなやかな指先が、2枚を同時にひっくり返す。
 
「・・・これが私の・・・運命・・・」

 タロットに描かれたイラストを見詰め、しばし和風の美女は沈黙した。
 
「・・・構わない。運命が決まっていても・・・もう私は、止まらない・・・」

 グリーンとパープル、ツートンカラーのリングコスチュームを、紫月は身に着ける。
 東京女子プロレス三銃士のひとり。〝運命に導かれた少女”氷室紫月。
 タロットカードの導きに背くのは、これが初めてのことだった。
 
 
 
 《予選第六試合 氷室紫月vs寿零》
 
 
『さあ、間もなく始まります、予選第六試合ッ! 東京女子プロレス所属、氷室紫月と謎に包まれた新興団体ワールド女子所属、寿零の一戦です。両者とも、新女のファンには馴染みの薄い選手ですね、理沙子さん?』

『氷室選手は第三試合の草薙みこと選手と同じく、三銃士と呼ばれている次世代のエースですね。関節技を得意とする、オールマイティーな好レスラーです。寿選手については、あの寿財閥の出身でボクシングの経験があるそうですが・・・プロレスに関してはデビュー間もない新人のようですね』

『では理沙子さんでも、ほとんどご存知ないと・・・』

『ただ、寿選手のお姉さまが、かつて氷室選手とともに行動していたそうです。同門対決と言えるかもしれませんね』

『東京女子は草薙みことが、ワールドはフレイア鏡がすでに勝ち上がってますから、この闘いでどちらの団体が台風の眼となるかもわかってきそうですね! おっと、そろそろゴングです』

 氷室紫月。身長164cm。バスト81cm。ウエスト56cm。ヒップ80cm。
 寿零。身長173cm。バスト85cm。ウエスト62cm。ヒップ84cm。
 
 ゴングが鳴る寸前、用意したマウスピースを口に嵌めるため、寿零は一旦コーナーに戻る。
 零が背を向けた瞬間、和風美女の肢体がすっと音もなく駆け出した。
 
 カアアァンンッ!!
 
『おっとぉッ――ッ!! 氷室紫月、試合開始と同時に背後から急襲だッ――ッ!! 清楚な見た目を裏切る、アグレッシブな一撃ッ――ッ!!』

 振り返る零の顔面に、高々と跳躍した紫月の尻爆弾がまともに直撃する。
 
『ヒップアタッ~~ック!! こ、これは強烈だッ――ッ!!』

『み、見た目はコミカルに映るかもしれませんが、これは効きますよ! 鍛えられたレスラーのお尻は石のように固く、なにより全体重がぶつかってくるわけですからッ!!』

 パンサー理沙子の解説を裏付けるように、零の肢体が後方に吹っ飛んだ。
 その背後にはコーナーポスト。緩衝材で包まれているとはいえ、硬い金具を内包したそこに、緑髪の後頭部が激突する。
 零の視線がブレるのを、紫月は見逃さなかった。コーナーからバウンドした〝殺戮兵器”は、フラフラとした足取りで紫月の正面に返ってくる。
 
 無防備になった零の身体を、両腕で抱きしめる氷室紫月。
 親愛を示すハグ、などではむろんなかった。そのまま一気に、反り返って後方に投げ捨てる。
 
『氷室紫月のフロントスープレックスッ、炸裂ゥッ~~ッ!! が、顔面から硬いマットに、寿零を叩きつけたァッ――ッ!!』

『お、おとなしそうな顔をしていますがッ・・・氷室選手、攻撃がエゲつないですね! 今のもかなり危険な角度で寿選手を投げ・・・』

『お、おおっとッ!! 速い、氷室紫月ッ!! あっという間にコーナーに駆け登ったッ!! おっとりとした雰囲気からは想像できない凄いスピードだァッ!!』

「・・・あの千歌の妹なら・・・並大抵の強さなワケ、ない・・・」

 静かな、曇りない声で、コーナー最上段の紫月は淡々と呟いた。
 うつ伏せになってピクピクと痙攣している、零を見下ろす。後頭部と顔面に、立て続けに衝撃を与えたのだ。しばらく脳がシェイクされていて、おかしくはない。
 タロットカードが示す運命を打破し、未来を切り拓くためには、相当な覚悟と力業をもってせねばならないはずだった。
 
「・・・あなたにも・・・運命にも・・・私は勝つ・・・どんな手を、使ってでも・・・」

 零がいまだ動けぬことを確認し、紫月はポスト最上段を蹴った。
 空中で後方宙返りをしたグリーンとパープルのコスチュームが、勢いをつけて〝殺戮兵器”の背中に舞い降りる。
 
『こ、これはッ・・・氷室紫月のムーンサルトプレスゥッ~~ッ!!?』

『い、いえッ!! さらに半回転してッ・・・!! これはッ!!!』

 ズガアアアアッッ!!!
 
 一回転半した紫月の身体は、揃えた両脚から零の背中に着弾していた。
 
『ムッ・・・ムーンサルト・フットスタンプッ~~ッ!!! 零の背骨が悲鳴をあげるッ――ッ!!』

『ひ、氷室選手ッ・・・淡々としていますが、攻撃の全てが苛烈ですッ!! これは一気に、決着してしまうかもしれませんッ!!』

 背中を押さえ、ごろごろと転がり回って悶絶する零を、透明感のある瞳で紫月は見下していた。
 息ひとつ乱れておらず、表情にも変化はない。
 零がのたうち回っているのは、自分とは無関係と言わんばかりの、涼しい様子。この、時に残酷なまでの透明感が、氷室紫月という少女の常だった。
 
「・・・ここで・・・決める・・・っ!!」

 悶えながらも立ち上がろうとする零の背後から、紫月は組みつく。
 零の右脚に己の右脚を絡め、左腕を同じく左腕で抑える。残った右腕は、〝殺戮兵器”の顔に回して首を一気に捻じ曲げた。
 するすると忍び寄り、敵が気付いた時には完成している――それが氷室紫月の、関節技の恐ろしさだった。
 
『こ、これはッ・・・ストレッチプラムッ~~ッ!! ガッチリと、完璧に極まったァッ――ッ!!』

『氷室選手の必殺技、フォーチュンロックですねッ!! 確かに形はストレッチプラムと同じですが・・・氷室選手のこの技は、一度極まったら外れませんよッ!!』

 運命の歯車からは、誰も逃れられないように。
 ストレッチプラムという技は、首と左腕と脚とを固め、相手の肉体を反り曲げるものだ。自然、背骨と首とに強烈な負荷がかかる。今でいえば、紫月の体重のほとんどが、零の背骨と首とに圧し掛かっている。折れるまでいかなくても、その圧迫の苦しみは拷問のようなものだ。
 
 しかし反面、仕掛ける側にとっても、全身の筋力を使って締め上げるため、体力を大きく消耗する欠点があった。掛けられた方は地獄だが、責め手もまたキツイ。そのため、この技から脱出するには『苦痛を耐え抜く』のが一般的かつ唯一のものとされている。
 
 だが、氷室紫月のフォーチュンロックにおいては、その攻略法は通用しない。
 なぜなら、どれだけ苦しくても、〝運命に導かれた少女”はフォーチュンロックを外そうとはしないからだ。
 
「・・・運命からは・・・逃げられない・・・これがあなたの・・・運命・・・っ!!」

『締め上げるゥッ~~ッ!! さらに氷室紫月ッ、強烈に寿零の首を捻じ曲げていくッ~~ッ!! 好勝負必至と思われたこの対戦ッ、早くも決着かァッ!?』

 ミシミシと、零の首と背骨とが嫌な音色をあげ始めた。
 
 
 
「いける・・っ!! 紫月ちゃん、これで勝てる・・・っ!!」

 東京女子プロレスの控室。
 リング上の闘いをモニターで見ていた伊達遥は、思わず拳を握り締めた。
 東京女子プロレスの三銃士として紫月と切磋琢磨してきた遥は、フォーチュンロックの威力を身に染みて知っていた。あの技だけは、紫月が自ら外すことは絶対に有り得ない。紫月はあの技を、運命そのものと重ね合わせているフシがあった。
 
 運命からは、誰も逃げられない。それが紫月の、絶対的な信仰なのだ。
 
 ふと隅の作業机に、タロットカードが2枚、置かれているのが眼に入る。
 なにを紫月が占っていたのか、遥がわかるわけもないが、自然その内容が気になった。吸い寄せられるように、タロットの絵柄を確認する。
 
 1枚は『塔(ザ・タワー)』。意味は崩壊・惨劇・凄惨など。
 もう1枚は『死神(デス)』。意味は終末・破滅・死の予兆など。
 
 不気味な絵柄を前にして、遥の背中に冷たいものが流れ落ちた。
 
 
 
 《試合開始より 3分経過》
 
 
「あれぇ~!? ちょ、ちょっと! あのジト目ボクサー、負けちゃうじゃないっ! ねーねー鏡、どうなってんのよ?」

 ワールド女子の控室に、サキュバス真鍋の慌てた声が響く。
 真鍋自身もジト目であることを自覚しているため、区別するため零のことは、『ジト目ボクサー』と彼女は名付けていた。真鍋以外に、そのあだ名を使う者は皆無だったが。
 
「鏡、ジト目ボクサーのこと、最強候補のひとりとか言ってなかったっけ? さっきから、あんな不思議ちゃんにボコられっぱなしじゃないのよ!」

 濡れた銀髪をドライヤーで乾かしながら、フレイア鏡はしばし無言でモニターを睨み続けた。
 
「・・・零さんにとっては、氷室紫月は実にやりにくい相手のようですわね」

 やがておもむろに、鏡はその紫のルージュを開いた。
 
「〝殺戮兵器”とまで呼ばれる零さんは、まさに戦闘のエリート。敵の殺気や戦意を敏感に察知し、適切な対応を取ることができるけど・・・氷室紫月はその気配をほとんど感じさせないんでしょうね。そうでなければ、最初のヒップアタックも、今のフォーチュンロックも、あんな簡単に決まるはずがありませんわ」

 紫月からは欲のようなものが感じられない。己の感情すら、ちゃんと持っているのか怪しい。
 極端にいえば、鏡は氷室紫月というレスラーをそのように捉えていた。我欲に従って生きる自分とは、まるで正反対だ。〝運命に導かれた少女”の二つ名通り、紫月は見えない何かに操られて動いているようにさえ見える。
 
 敵意が表立って現れないため、紫月の攻撃にワンテンポ零は対応が遅れている。
 いや、零に限らず、人形のように整った顔をまるで変えない不思議ちゃんは、どんなレスラーでも闘いにくさを覚えるだろう。恐らく鏡も実際に闘えば、気がつけば関節技に捕らえられている、といった事態になりかねない。
 
「げ! じゃあジト目ボクサー、負けちゃうじゃん! 『上』にあたしたちまで怒られるじゃないのよー! 予選なんかで敗退したら・・・」

「心配には及びませんわ。零さんの強さ、恐ろしさを、真鍋も知っているでしょう?」

「で、でもさー。あのフォーチュンロックとかって技、外れないって元女帝のオバちゃんも言ってるじゃない」

「・・・パンサー理沙子は知らないのですわ、寿零というレスラーのことを」

 長年女子プロレス界を牽引してきた存在を、オバちゃん呼ばわりする真鍋に呆れつつ、鏡は口元を歪めた。
 
「いいえ、あれは・・・レスラーというより殺し屋とでも呼ぶ方が、妥当かもしれませんわね」



『寿零の背骨がッ!! 首がッ!! 悲鳴をあげるッ~~ッ!! 氷室紫月の必殺フォーチュンロックッ、これはギブアップするまで捻じり続ける気だァッ―――ッ!!!』

 紫月の表情は変わらないが、その額には無数の珠が浮かび始めていた。
 全身の筋力をフル稼働させ、紫月は零の身体に負荷をかけた。メキメキと、脛骨と背骨とが軋む音色が、締め上げる腕を通じて伝わってくる。普通の選手ならとっくにギブアップしているだろうが、寿零は降参の意志表示どころか、悶え声ひとつあげない。
 
 ギブアップしないなら、激痛で失神させるまでのこと。
 
 零の忍耐力は紫月の予想を遥かに越えていたが、それでも慌ててはいなかった。人間というものは、許容外の苦痛を味わうと、勝手に意識を閉ざすものだ。紫月はその事実を知っている。
 引き締まった零の肢体を、さらに捻じるべく全身に力をこめる。
 
 ボコォッ・・・!!
 
「っ・・・!? ・・・」

 突如、顔面に零の右拳が叩きつけられ、紫月は狼狽した。
 ツツ、と鼻から赤い糸が垂れる。フォーチュンロックに掛けられたまま、零がパンチを放ったのだと、ようやく紫月は理解した。確かに零の右腕は自由なままなので、打撃を放つのは不可能ではない。
 だが、背後にいる相手を殴るのは、相当態勢に無理があった。
 今は紫月が力を入れようと前傾したため、右手が届いてきたが・・・少し背を反らせば、いくら零が柔軟であってもそこまで拳は伸びてこない。
 むしろ、満足に放てなかったはずの打撃で、紫月に鼻血を噴き出させる威力が、尋常でないと言える。
 
「・・・驚いた・・・けど・・・それ以上の反撃は、できない・・・」

 勝利を宣告するかのように呟き、改めて紫月はフォーチュンロックに力を込める。
 
 ボキャアアアッッ!!!
 
 骨の砕ける音色が、リングの上に響いた。
 次の瞬間、紫月の脳髄に突き刺さったのは破壊の余韻――・・・ではなく、右肘に走る激痛。
 
「ぐぅ”っ!! ・・・ん”ぅ”っ・・・!! ・・・え”・・・っ!?」

 痛みの理由を求めて、視線を己の右腕に飛ばす。
 零の突き上げた右のアッパーが、紫月の肘を有り得ぬ方向に折り曲げていた。
 
「っ!!・・・肘、が・・・っ・・・!! 折れ・・・」

 常に表情の変わらぬ美少女の顔が、苦痛とショックで蒼白になっていく。
 右腕が痺れ、力が自然に抜けていく。ずるりと、フォーチュンロックの戒めから、零の肢体が抜け出た。
 折れた右腕を掴まれた、と思った瞬間には、紫月の全身は弧を描いて宙を舞っていた。
 
『ぎ、逆転ッ~~ッ!! 脳天から真っ逆さまに、氷室紫月がマットに突き刺さるッ――ッ!!! 寿零ッ、なんと強引な脱出方法なんだァッ~~~ッ!!』

『み、見事な一本背負いですねッ!! 寿選手、打撃だけでなく、投げ技も凄まじいキレですッ!!』

 グシャアッ、と硬いマットが、なにかが潰れた音色を奏でる。
 一瞬、頭部のみを地に着けて、ピンと一直線に倒立する〝運命に導かれた少女”。
 無表情のまま、リングに沈んでいく・・・と思われた紫月は、しかし何事もなかったかのように即座に立ち上がった。
 
『た、立ったッ!! 立ち上がったッ、氷室紫月ッ!! し、信じられませんッ、まともに脳天から投げ落とされてッ・・・』

『す、すごいッ・・・ですがッ!!』

 ボクシングの構えを取った零が、すかさず棒立ちの紫月との距離を詰めていた。
 景色がグニャグニャに歪んでいても、肘から先が無くなったかのように右腕に激痛が走っていても、紫月の戦意は微塵も欠けてはいなかった。危険を察知する。疾風となって迫る緑の髪に対し、懸命に顔をガードする。
 
 顔面を撃ち抜かれなければ、頑丈なプロレスラーの肉体は簡単には壊れない。相手が〝殺戮兵器”と呼ばれるハードパンチャーであっても。
 
 鍛えた己の肉体に、紫月は自信があった。だからとにかく、胴体は捨てて顔だけを守ろうとする。
 だが肘の砕けた右腕は、紫月の意志を裏切って、だらりと垂れさがったままだった。
 
 グシャアアアアッッ!!!
 
『うわああああッ―――ッ!!! 零の顔面ストレートが、まともに紫月に直撃ィッ~~~ッ!!!』

 鼻と口から鮮血の飛沫をあげて、〝運命に導かれた少女”がぐらりと揺れる。
 視線を彷徨わせる紫月の顎を、追撃のアッパーが容赦なく跳ね上げた。
 
「はぐう”ぅ”っ―――っ!!! ・・・ごぶっ・・・!! はぁ”っ・・・ぁ”っ・・・・・・!!」

『せ、鮮血が宙を舞うッ~~~ッ!! こ、これはッ・・・痛烈すぎるッ~~~ッ!!!』

『い、いけませんッ!! 今の一撃で氷室選手、意識を失って・・・ッ!!』

 白目を剥いた占い少女の肢体が、糸の切れたマリオネットのように膝から崩れ落ちていく。
 形のいい美尻を突き上げる格好で、まるで零の足元に跪くように、氷室紫月はマットに這いつくばった。
 
『ダ、ダウンッ~~~ッ!!! 寿零の2発のパンチで、氷室紫月ッ、顔からリングに撃沈したァッ~~ッ!!』

 じわりと、紫月の顔から流れる血が、キャンバスに沁みを広げていく。
 カウントを数えるレフェリーの声が、静まり返った『裏武闘館』に響いた。
 緑と紫のコスチュームを纏った少女が再び立ち上がれるとは、誰の目にも到底思えなかった。
 
 
 
 《試合開始より 5分経過》
 
 
 氷室紫月は、夢を見ていた。
 正確にいえば、過去の映像を夢として再生したもの。脳裏に深く刻まれた記憶が、勝手に蘇ったようだ。走馬灯のように蘇る、とはもしかしたらこういうことなのかもしれない。
 
『ごめんな、紫月。今月も、たったこれだけしか君たちに払ってあげられなくて・・・』

 薄い給与袋を差し出しながら俯いている男のことを、紫月はよく知っている。
 真面目だけが取り柄、といっていいような男だった。社長と呼ぶと嫌がるが、それでも東京女子プロレスの代表取締役は、この純朴さが残った青年であることに間違いない。
 
『紫月なら、本当はもっと大きな団体で活躍できるのにな』

 よくそんな言葉を口にしていた。
 
『ウチの団体には勿体ないくらいのレスラーだよ、紫月は。草薙も、伊達も、もちろんソニックも・・・オレなんかには勿体ないよね』

『・・・社長は・・・私たちと一緒に、いたくないの?』

 あまりに勿体ない、と繰り返すから、少し不安になって紫月は訊いたことがあった。
 
『・・・他の団体に・・・行ってほしい?・・・』

『そんなわけないだろ』

 珍しく、強い口調で言ったから、紫月もその時の様子をよく覚えている。
 
『ただ、悔しいだけだよ。オレは無力だからね。紫月たちの頑張りに応えてあげられない自分が、悔しいだけだ』

『・・・でも・・・運命は、私にここで闘えと・・・』

『自分の意志で、闘う場所を選んでもいいんだよ。紫月』

 微笑む男の顔がやけに悲しげに見えて、紫月は動揺した。
 
『紫月が闘いたいリングで、闘ってもいいんだ。占いなんかに、縛られなくても・・・紫月が本当に望むことをやってくれるのが、オレにとっても嬉しいことなんだ』

 もしかしたら男は、たまたま紫月が東京女子のリングに立っているだけだと、思ったのかもしれなかった。
 
 紫月は知っている。弱小団体の東女から自分が移籍すれば、壊滅的なダメージになることを。
 そして、それでもなお、目の前の青年は、本心から紫月の幸せを願ってくれていることを。
 
 ・・・・・・社長、見ている?
 
 この凄惨な『裏』のリング・・・もし見ているのなら、あの時言えなかった、私が本当に望むことを伝えたい。
 
 運命が、選んだからじゃない。
 私は自分の意志で、東京女子プロレスのために闘う。
 
 
 
「・・・・・・の、ことがっ・・・・・・東女のことが・・・好きだから・・・っ!!」

『たッ・・・立ったァッ――ッ!! 氷室紫月ッ、カウント9でギリギリ立ち上がったァッ~~ッ!! す、凄いッ、凄まじいまでの気力だァッ――ッ!!!』

『ッ・・・完全に失神していると思っていましたが・・・ッ!! よく立ち上がりましたねッ!! 内に秘めた闘志は物凄いものがあるようです!!』

『寿零もこれには驚いて・・・い、いや、いないッ!! まるで油断していないぞォッ、〝殺戮兵器”ッ!! 足元の覚束ない紫月にすかさず襲いかかるゥッ~~~ッ!!』

 KO負けを回避したとはいえ、清楚な占い少女が追い詰められている事実に変わりはない。
 脳震盪を起こし、右腕を破壊された紫月は、ぼうっと突っ立ったままだった。
 『塔』と『死神』。試合前の控室で見た、タロットのイラストが脳裏をよぎる。無表情で迫る零の姿が、2枚のカードに重なった。
 
『メッ・・・メッタ打ちだアアァッ―――ッ!!! 本領発揮ッ、寿零ォッ!! 左右の拳の連打が、面白いように氷室紫月に炸ェェッ~~裂ッッ!!!』

 回転の速い連打が、何十発と和風な美少女のマスクに叩き込まれる。
 たまらず無事な左腕で、懸命に顔をガードする紫月。その動きを見越していたように、今度は81cmのバストに鋭く速い拳が突き刺さる。
 
「あぐぅ”っ!! ・・・はあ”ぁ”っ・・・!! ・・・ぅあ”っ・・・!! アウウ”っ!! くぅ”ぁ”ア”っ――ッ!!」

 滅多に声をあげることない〝運命に導かれた少女”が、悶絶の叫びを迸らせた。
 胸と顔。女性にとっては大事な箇所を、何度も抉られては堪らなかった。〝殺戮兵器”寿零の打撃は、並のプロレスラーとはまるで質が異なる。その一撃一撃が、ヒットした部位を破壊するような。致命傷になりかねぬ、刃のごときブローが何発も撃ち込まれるのだ。
 
『・・・こんなことを言うのは失礼だとはわかっていますがッ・・・氷室選手、もう倒れた方がいいでしょう!! 右腕だって折れているんです! これ以上は危険ですッ!! 本来ならこの試合は、レフェリーがストップさせるべきですが・・・ッ!!』

 『裏武闘館』のリングでは、TKOがない。つまり、レフェリーやセコンドが、試合を止めることはできない。
 決着をつけるには、あくまで3カウントのフォールか、10カウントのノックアウト。あるいは本人が認めたギブアップだけだ。あとは例外的に、死に至りかねない反則くらいのもの。
 普通の試合ならば、とっくに氷室紫月のTKO負けが宣告されているだろう。だがこの場合、試合が終わらないのは、負けを免れているというよりイタズラに苦痛を積み重ねているだけだ。
 
「・・・っ・・・負け・・・ないっ・・・!! ・・・運命・・・なんかにっ・・・私はっ!!」

 美貌を青く腫れあがらせ、コスチュームの下の乳房をデコボコと凹ませながらも、紫月は叫んだ。
 どこか超然とした、いつもの氷室紫月らしからぬ姿。
 焼け付くような激痛に、ブルブルと全身が痙攣する。それでも震える指を、零に向けて必死に伸ばした。
 
 ガゴオオオオッッ!!!
 
『よッ・・・容赦ナシィッ~~ッ!! か、緩慢な動きの氷室紫月に・・・寿零ッ、渾身の顔面ストレートォッ――ッ!!』

 バッ、と鮮血の華を顔中央に咲かせ、虚空に視線を泳がせた紫月が、仰向けに倒れていく。
 
『ダッ、ダウンッ――ッ!! 再びダウンだァッ――ッ!! 運命に飲まれたかァ――ッ、氷室紫月ッ!! 受け身も取れずに後頭部から、壮絶ノックダウンッ~~ッ!!!』
 
『・・・素晴らしい気迫でした・・・氷室選手・・・。しかしさすがに、あの状態ではもう・・・』

 ・・・4・・・5・・・6・・・

 リング中央で横たわり、ピクリとも動かなくなった紫月に、レフェリーのダウンカウントが降り注ぐ。
 右の肘は破壊され、脳はグラグラに揺れている。顔もボディも嫌というほど殴られ、疼く痛みで全身が燃えているかのようだ。
 
(・・・『塔』と・・・『死神』・・・崩壊・・・惨劇・・・破滅・・・・・・まさに・・・今の、私・・・)

 大観衆のざわめく声が、紫月にはサンドバッグと化した己への悲鳴となって聞こえていた。〝運命に導かれた少女”が、これほどボロボロに変わり果てた姿を晒したことなど、かつて記憶にない。
 タロットの導きに従ってきた紫月は、これまで常に最良の道を選んできたはずだった。だからこそ、醜態をさらすような敗北など、経験するはずもなかったのだ。
 
 ・・・やっぱり運命に・・・逆らうべきでは、なかったのかも・・・・・・
 
「・・・だなんて・・・思うわけっ、ないっ!!!」

 カウント10の、寸前。
 氷室紫月は、震える肢体をまたも立ち上がらせた。
 
「・・・運命は・・・私が切り開くっ!! ・・・これぐらいの痛みでっ!! ・・・眠っているほど、安い覚悟じゃないっっ!!!」

 ・・・ウオオオオオッッ――ンンンッ!!
 
 絶叫する紫月に、『裏武闘館』の観衆が呼応する。
 一方的に責められている紫月に対し、万雷の「紫月」コールが場内を包んだ。
 運命を口にする少女が、自分の脚でリングに立っていることに、見守る人々の誰もが気付いていた。
 
「・・・・・・まだ・・・立つの?」

 それまで無言を貫いていた零が、わずかに動揺を示して呟く。
 〝殺戮兵器”と呼ばれるファイティングマシンも、なぜ紫月が立ち上がれるのか、困惑しているようだった。レスラーとしては決して大柄ではない紫月が、いまだ壊れずにいるのは想定の範囲外なのだろう。
 真っ向からストレートパンチを放ってきたのは、クールな戦士の焦燥だったかもしれない。
 
 ゴォォンンッッ!!!
 
『ず、頭突きィ”ッ!!? 紫月のカウンターの頭突きがッ!! 不用意に近づいた零の顔面にめり込んだァッ~~ッ!!』

 赤い飛沫が宙を舞う。紫月の顔と同様に、零の顔もまた、鼻からの出血で深紅に染まる。
 
『凄まじい根性だァッ――ッ、氷室紫月ッ!! あのおっとりした少女のどこに、こんな激情が隠れていたのかァッ!!?』

『〝運命に導かれた少女”が・・・運命を乗り越えようとしていますッ!! 氷室選手は今、自分の脚で未来を選ぼうとしているッ!!』

 勝つチャンスが残されているとすれば、この一瞬しかなかった。
 鼻を押さえて悶絶する、寿零の背後へ。
 音もなく氷室紫月は、〝殺戮兵器”の背中から襲い掛かった。
 
 
 
 《試合開始から 10分経過》
 
 
 左腕一本でもできる、スリーパーホールド。
 それが氷室紫月の選んだ、最後の関節技だった。それくらいしか、できない。しかしフォーチュンロックで首にダメージを負った零ならば、十分仕留められる、簡素で強力な絞め技。
 
 すっと、零の背後から忍び寄る。
 
 先程はフォーチュンロックも、簡単に極まった。相手の虚を突き関節技に捕らえるのは、紫月がもっとも得意とするところだ。
 
 開く。運命を、切り開く。
 初めて自分の意志で、この場所にいたいと思った・・・東京女子プロレスのために。
 そして・・・不器用で、一生懸命な、あのひとのために。
 
「・・・え?」

 紫月の眼前で、閃光が煌めいたと思ったのは、その時だった。
 寿零の身体が、高速で回転する。閃きは、その速度がゆえ。
 パキャアアッ、と甲高い音を響かせて、零の右手の甲、いわゆる裏拳が、紫月の顎を打ち砕いていた。
 
『サッ・・・サイレント・ナックルゥッ―――ッ!!! 寿零ッ、必殺の裏拳が氷室紫月を撃ち抜いたァッ~~ッ!!!』

 紫月の顎が外れ、脳が激しく揺さぶられてシェイクした。
 ぐるりと、占い少女の瞳が裏返る。膝から崩れ、垂直に落ちていく氷室紫月。
 だがその途中で、零のボディへのアッパーが、倒れようとする肢体を突き上げる。鳩尾に深々と拳が埋まり、一度気絶した紫月は、吐瀉物をぶちまけるとともに意識を取り戻した。
 
「がはああっ――っ!! ・・・ごぼお”ォ”っ・・・!! オ”オ”っ、ゲボォ”ォ”っ――っ!! ・・・」

『ッ・・・!! 氷室選手の、勝ちたいと願う強い心が・・・仇となってしまったかもしれません・・・ッ・・・』

 リングに胃の中身を撒き散らし、ビクビクと痙攣する清楚な美少女レスラー。
 氷室紫月の無惨な光景を目の当たりにしながら、パンサー理沙子は沈痛な声を搾り出した。
 
『旺盛な闘志は、寿選手にとっては馴染み深いものです・・・背後から忍び寄ったところで、察知するのは容易いことだったでしょう・・・』

『あ、ああッ・・・!! 先程のフォーチュンロックの際とは、違っていたとッ・・・!!』

 〝運命に導かれた少女”がその運命から逃れようとした時、すでに決着はついていたのかもしれなかった。
 腹部に拳を埋め、「へ」の字に曲がった紫月に、さらなるアッパーの連打が襲い掛かる。
 
『ア”ッ・・・あああ”ッ!? や、やめないッ・・・零の打撃が止まらないッ!!』

『こ、寿選手にとっては・・・リングで対峙する者は、全て倒すべき敵ですッ!! まして氷室選手は、勝利への渇望を見せつけてしまった・・・完全に決着する瞬間まで、寿選手は攻撃の手を休めないでしょう・・・』

 ドボドボと何発も繰り返し、紫月の鳩尾に零の拳が突き刺さる。
 痙攣する美少女の口から、黄色の胃液がバチャバチャと吐き出される。白目を剥いた瞳から、涙の飛沫がこぼれ落ちた。
 
「うぶう”っ、ごぶぅ”っ――ッ!! ・・・あぐぅ”っ!! ・・・ぇ”ボオ”っ・・・!! ぁはぁ”っ、ああ”っ・・・!!」

『・・・ギブアップしない限り・・・氷室選手が助かる方法はありません・・・ッ・・・しかし、氷室選手は恐らくッ・・・!!』

 勝機など、もはや皆無というのに、紫月が降参する気配はなかった。
 腹部の次は、胸、そして顎へと、休む間もなく零のアッパーが跳ね上げる。グボグボと、肉を抉る打撃音。
 完全に意識を失った占い少女が、自らの嘔吐物の海にうつ伏せに沈んでいく。
 
 ドシャアアアアッ・・・!!
 
 白目を剥き、舌を出してビクビクと痙攣する凄惨な姿に、「紫月」コールを送っていた大観衆は一様に絶句した。
 
「・・・・・・また・・・立ってくるかな?」

 気絶しているとしか思えぬ紫月の背中を見下ろし、寿零は抑揚のない声で言った。
 素朴な疑問のようだった。紫月の粘りを恐れるでも、しぶとさに怒るでもなく、ただ立ってきそうだからトドメを刺す、それだけのこと。
 
 ドキャアアッ!! ゴギイイィッ!! ボゴオオオッ!!
 
 うつ伏せに倒れ込んだ氷室紫月の長い黒髪に、零の渾身の拳が何度も振り下ろされる。
 拳が後頭部にめりこむたび、ビクンッ、と紫月の全身がはねた。
 もうそれ以外に、〝運命に導かれた少女”はぐったり四肢を投げ出して動かない。
 
 ジョ・・・ジョジョッ・・・ジョロロロロ・・・・・・
 
 なにかが漏れる音がして、横たわる紫月の下腹部から、ほのかに湯気をあげた水溜りが広がっていく。
 白く裏返った瞳から涙が流れたのは、偶然だったのか、無意識のうちに敗北を悟ったためか。
 
「・・・10カウント数える前に・・・また立ってくるかも・・・」

 零と同じ予想をする者など、『裏武闘館』内に誰一人としていないことを、零自身が気付いていなかった。
 吐血と吐瀉物、そして失禁の小水にまみれ、痣だらけになった氷室紫月の肢体を、零は仰向けに転がす。
 内股が濡れているのも構わずに、ガッチリと片脚を固めて紫月の上に覆いかぶさった。
 
「・・・1ッ・・・2ッ・・・・・・3ッ!!」

 レフェリーの右手が3回、マットを呆気なく叩く。
 試合終了を告げるゴングがかき鳴らされると同時に、リング下で構えていた救急隊員が、素早く紫月の元へ駆け寄った。
 
『急げッ! 頭を揺らすなッ!』『危険な状態だッ! 気道を確保しろ!』
 
 騒然とする会場を後目に、ビクビクと痙攣を続ける紫月の身体が、担架で運び出されていく。
 
 凄惨な結末を迎えたAWGP王座決定戦、予選第六試合のリング上では、ひとり残された〝殺戮兵器”寿零が勝利の宣告を受けていた。
 『裏武闘館』のルール上、むろん零を責め立てる声はない。
 強い者が生き残り、弱い者が地獄に堕ちる―――その現実が、リングで改めて示されただけのことだった。
 
 
 
 〇寿零(11分24秒 ナックル連打→片エビ固め)氷室紫月●
 
 
 
 
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| レッスルエンジェルス | 00:50 | トラックバック:0コメント:1
コメント
かな~~り久々となりました、レッスルエンジェルスです。オメガスレイヤーズを本格的に始動する前に、このタイミングでやらないといつまでも出来なさそうなので手掛けてみました(^^ゞ
オリンピックの影響でスポーツ熱があがった、というのもあります(^^ゞ 何度か書いてますが、このシリーズは1にアツさ、2にリョナ、3にちょっとだけエッチ、みたいなノリで進めてます。そして意外と、書き始めると楽しいっていうw

「レッスル愛」は未プレイなだけに、零のことは調べるのに手間取りました。が、やはり魅力的なキャラなのでどうしても出したくて。
紫月に関してはぶっちゃけあまり思い入れはなかったんですが…書いているうちにどんどん好きになるというw 創作あるあるですね。よく見ると、この子かなり美人さんで、キャラも立っていて魅力的なんです。能登ボイスの影響かもしれませんがw

本命というべきオメガ本編に、いよいよ全力を傾けていく予定ですが、レッスルも書くのは楽しいので…様子見てまた取り組められたらと思っています。
2016.09.08 Thu 00:51 | URL | 草宗
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