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レッスルエンジェルス AWGP予選 第五試合 ソニックキャットvsサンダー龍子

AWGP王座決定戦 予選 第五試合

ソニックキャット vs サンダー龍子


 《予選第五試合 試合前、リング上》
 
 
『日本最強の女子プロレスラーを決める、AWGP王座決定戦ッ! 予選第五試合は異色対決が実現しました! なんでもアリなここ『裏武闘館』だからこその夢のカード言えましょうッ・・・東京女子プロレスを牽引するスーパーヒロイン! ソニックキャットと、WARSの総帥サンダー龍子との激突ですッ!!』

 リング上には、対照的なふたりのレスラーが、すでに登場を終えて対峙していた。
 
 赤コーナーに陣取るのは、身長157㎝の小兵レスラー。赤と白を基調としたボディスーツに身を包み、頭部には金色のヘッドギアを装着している。見るからにアニメに出てくる変身ヒロイン、といったコスチュームであるが、それもそのはずだった。特撮番組『ソニックキャット』のヒロインが、そのままリング上に現れた・・・というのが彼女の触れ込みなのだ。
 テレビのなかのスーパーヒロインが現実の世界で闘うのだから、むろん子供たちの人気は抜群に高い。キッズの応援に限れば、日本マット界でダントツのナンバーワンといって間違いないだろう。
 地味め、と言われる東京女子プロレスにあって、集客力で大きな貢献をしているのが、このソニックキャットというレスラーであった。
 
 対するサンダー龍子は、172㎝の長身を誇る大柄な選手だ。
 鮮やかな赤のリボンで、長い髪をポニーテールに束ねている。凛とした視線が印象的な、端整な美形の持ち主だった。背中が大胆に開いた漆黒のリングコスチュームには、彼女の名前を示すように昇り龍の姿がデザインされている。
 

『解説のパンサー理沙子さん、これはまた、実に対照的なふたりの闘いとなりましたね!』

『そうですね。ふたりはそれぞれの所属団体の、顏ともいえるレスラーですから。しかも誰もが見てわかる通り、両者の体格差は顕著です』

『軽量級であるジュニアの世界では、最強の名を欲しいままにしているソニックキャットと、日本マット界随一のパワーファイター、サンダー龍子の闘いとなりますね。しかし理沙子さん、普通に考えれば、体格で勝る龍子の優位は動かないと思えますが?』

『そう思うのが当然でしょうね。ウチにもボンバー来島やビューティ市ヶ谷といった当代きってのパワーファイターはいますが、龍子選手の腕力は彼女たちに勝るとも劣ってはいませんわ。今大会の優勝候補のひとりといって過言ではないと思います』

 場内に流れる実況アナウンサーと解説の声に、不機嫌そうな顏をしたのは、優位と評された龍子の方だった。
 ちょいちょいと指を動かし、選手コール前のリングアナからマイクを催促する。
 
『おや? ここでサンダー龍子、試合前になにやらアピールのようですが・・・?』

「なあ、パンサー理沙子。これ以上、ガッカリさせてくれるなよ」

 龍子の切れ長の瞳は、解説席に座った元女帝に向けられていた。
 
「あたしはさ、あんたと闘えるのが楽しみで、この大会に参加したんだよ。それを予選敗退どころか・・・のんびりと解説かい?」

 会場を埋め尽くした、目の肥えた大観衆がざわめく。
 これから何でもアリの真剣勝負が始まるというときに、あろうことかサンダー龍子の意識はすでに引退したパンサー理沙子に向けられていたのだ。対戦相手からすれば、随分ナメた態度だと言える。
 逆に言えば、龍子はそれほどまでに、新日本女子プロレスの頂点と闘うことに賭けてきたのだろう。

『・・・私は全力を尽くしたうえで、祐希子さんに敗れました。結果については受け入れていますわ』

「天下のパンサー理沙子ともあろう者が、随分諦めがいいじゃないか」

『あなたの希望に添えられなかったことに関しては、残念でしたわ。ですが龍子さん、私は安心して祐希子さんたち後輩の皆さんに、あとを託しています。彼女たちはきっと、あなたの渇きを満たしてくれるでしょう』

「なあ、理沙子・・・あたしはさ、頭悪いからグチャグチャしたことはよくわからないんだよ」

 ニヤリと笑った龍子は、マイクを投げ捨てるや、リングを降りて解説席へと近づいていく。
 
『あ、ああ~~っと!! サンダー龍子、これはいけませんッ! 解説の理沙子さんのもとへと詰め寄って・・・ヒイィッ!!』

 間近に迫った龍子の迫力に、実況アナはたまらず悲鳴を洩らした。頼りなげな鉄柵を挟んだだけで、仁王立ちする龍子と解説席の理沙子が見つめ合う。
 気品溢れる元女帝は、座ったままであった。だがその視線には、現役当時と同じ、鋭い光が宿っている。
 視殺戦を繰り広げる、パンサー理沙子とサンダー龍子。
 
「ああいうギミックレスラーに、あたしは興味ないんだよ。なあ、あんたも本当は、あたしとヤりたがってるんだろ?」

『・・・私は引退した身ですわ』

「今すぐあたしと闘おう、パンサー理沙子」

『そんなことをすれば、すぐにあなたは反則負けになりますわよ?』

「あんたとヤれれば、こんな大会は予選敗退でも構わないんだよ。あたしはあんたと真剣勝負がしたい。それだけが、望みさ」

『噂には聞いていましたが・・・本当に不器用な生き方しかできないのですね。あなたは』

 純粋なまでの龍子の熱望に、元女帝の心が揺り動かされる。
 ルールも試合運営もあったものではない。〝反逆の女神”と異名をとる龍子のやり方は、強引このうえないものであった。我が道を貫くために、周囲とぶつかり続ける生き様。だが、その不作法で我儘な振る舞いが、理沙子には愛らしく思えたのだ。
 
 不器用で純粋な龍子の想いに・・・応えてあげたい。
 
 元女帝が解説席を立ち上がりかけた、その時だった。
 
「コラー! 悪者めーっ! 一般の善良な市民を、襲うんじゃないさね!」

 ソニックキャットの声は、龍子の遥か頭上でした。
 リアルのリングに登場した特撮ヒロインが、宙を舞っている。トップロープに飛び乗るや、そこから更に反動を利用して高く跳び、ダイブを決行したのだ。
 
『うわあああッ~~と!! 無視された形のソニックキャットが・・・怒りのスワンダイブ式プランチャー発射だァッ~~ッ!!』

「ドラゴン女ぁっ!! お前の相手はこのソニックキャットなのさね!」

 龍子が力自慢といっても、地上3mの高さからひとが降ってきてはたまらない。
 美しい飛行姿勢で舞った〝音速ヒロイン”が、胸から〝反逆の女神”に落ちていく。押し潰されたサンダー龍子は、観客の椅子席に雪崩れ込んだ。
 
『ここで試合開始のゴングですッ!! サンダー龍子、相手を、そしてこの『裏武闘館』のリングをナメすぎたかぁッ!? ソニックキャットの奇襲で第五試合の幕が開いたァッ――ッ!!』

「ぐッ・・・くそッ!」

 天高くからのダイブ直撃。加えて、敷き詰められたパイプ椅子の波に、全身を打ち付ける痛み。
 椅子の角で頭をぶつけたらしく、龍子の意識が朦朧とする。苛立った声は、ソニックキャットに向けてというより、パンサー理沙子に気を取られ過ぎた己に対するものだ。
 ズキズキと痛みの疼く身体を、何者かが引きずり起こそうとする。ポニーテールが鷲掴みにされ、グイと強く引かれた。
 
「悪いヤツにはぁ~~、正義のヒロインは容赦しないんだお!」

 うずくまる龍子の腰に、上から覆いかぶさったソニックキャットが両腕を回す。157㎝と172㎝。組みつくと両者の体格差はハッキリわかる。子供が大人にしがみついているようにも見えた。
 だが、次の瞬間、見かけで実力を判断してはいけないことを、会場中の者が思い知る。
 
『うわあああッ~~ッ!? ソニックキャット、軽々とッ・・・龍子の長身を持ち上げたァッ――ッ!!』

 いとも容易く。
 日本マット界随一のパワーファイターが、頭上高くまで振り上げられる。
 ジュニア最強の戦士は、並みのヘビー級など遥かに凌駕するパワーの持ち主だった。
 
『龍子を持ち上げたまま、ソニックキャットが高々とジャ~~ンプッ!! そのまま後頭部から真っ逆さまにッ・・・!!』

 ガシャアアアッッ・・・ンンンッ!!!
 
 単に後頭部を叩き付ける、などとは次元が違った。
 場外で。それも積み重なったパイプ椅子に、己の全体重を乗せて龍子の脳天を落としていく。
 
『エグぅッ~~いッ!! ソニックキャット必殺の、ライガーボムッ!! パイプ椅子の山に、WARS総帥の頭を突き刺したァッ~~ッ!!』

 肩の高さ以上に持ち上げた相手を、後頭部から地面に叩き付ける荒技をパワーボムという。
 ライガーボムはその進化形のひとつだった。敵を持ち上げたままで、自らも高々とジャンプする。ふたり分の体重を背負って、掛けられた側は後頭部から落下していくことになるのだ。

『どうやらソニックキャット選手は、この試合を団体の看板を背負った闘いでも、ジュニアとヘビーの闘いでもなく・・・正義のヒロインと悪者との闘い、と捉えているようですわね』

 解説席に座りなおしたパンサー理沙子は、冷静さを取り戻していた。
 ソニックキャットが自分を本物のヒロイン、と思いこんでいるのは有名な話であった。少し風変りな少女ではあるが、実力は折り紙つきだ。サンダー龍子を悪党と見立てて闘うならば、面白い結末になるかもしれない。
 〝反逆の女神”との真剣勝負に、魅力を感じないと言えばウソになるだろう。だが、かつての日本女子マット界の女帝は、それ以上の高揚感を龍子とソニックキャットとの対戦に見出し始めていた。
 
『・・・もしかしたらこの試合・・・歴史的なものとなるかもしれませんわ』

『は? といいますと理沙子さん?』

 元女帝というより、ひとりのプロレスファンとして、パンサー理沙子は言った。
 
『この試合はジュニア最強の選手と、ヘビー級最強の選手の決戦です。誰もが思う、体格の大きな者が勝つという〝当たり前”・・・ソニックキャット選手が覆してくれるかもしれません』



《試合開始より 1分経過》


「やって・・・くれるじゃないのさ」
 
 パイプ椅子の海に埋もれたサンダー龍子が、ゆっくりと立ち上がってくる。
 その足元に、ポタポタと赤い雫が点描を描いていった。
 
『あッ・・・ああッ!! 流血! サンダー龍子ッ、額から流血ですッ!! 恐らく、先程のライガーボムでパイプ椅子の角に打って切れたのでしょうッ!』

 端整な龍子の美貌は、自らの血で真っ赤に染まっていた。
 毅然とした瞳を細めているのは、痛みのせいというより鮮血が入るためだろう。流血は単に心身のダメージに繋がるだけではなかった。視界を閉ざされる、そのハンデも大きなものとなる。
 
「ちょっと見直したよ。人気集めのギミックレスラーと思っていたら・・・けっこう重い一撃を放つじゃないか」

「もう一度言っておくのね! 正義のヒロインは悪者には容赦しないんだお! 覚悟するのね!」

「なるほど、あんたにとっちゃあたしは悪者なんだね。ま、悪者扱いはいつものことだけどさ」

 〝反逆の女神”の異名をとる龍子は、赤く濡れたポニーテールの髪を、涼しげに掻き上げる。
 額が割れた痛みはまるで問題ではなく、眼に入る鬱陶しさだけが気になる様子であった。
 
「てやあああっ――っ!!」

 助走をつけたソニックキャットが、正面からWARSの総帥に飛び込んでいく。
 場外で攻撃を仕掛けるのは、リアルヒロインにとっては珍しいことであった。普段はダーティーな闘いは一切しないのが、子供たちに夢を与える彼女の務めだ。それだけ本気で、〝音速ヒロイン”が勝ちにこだわっている証明ともいえる。
 くるり、と龍子の直前で、小さな身体が縦方向に回転する。
 前方宙返り。をしながら、右脚を伸ばしてくる。ムチのごとくしなった脚が、勢いをつけて〝反逆の女神”の頭部を襲う。
 
『うわああッ――と、ここでソニックキャットのフライングニールキックッ・・・いや、古流武術を習っている〝音速ヒロイン”のこれは、浴びせ蹴りというべきかァッ~~ッ!!』

『ソニックキャット選手の強さは、ジュニア特有のスピードと跳び技、あるいはヘビー級並みのパワーだけには留まりませんッ! こうした格闘技術の高さも特筆ものですわ!』

 思わずパンサー理沙子の声が上ずる。
 元女帝が興奮してしまうほど、ジュニア最強選手の一撃は見事であった。ポテンシャルの高さを、十分見せつける切れ味。
 
 そう、ソニックキャットというレスラーは、単にジュニア最強などという枠に収まる選手ではない。
 テレビの世界のヒロインを、リアルで表現するだけの能力の高さが、小柄な少女にはあった。〝音速ヒロイン”の名に恥じぬ速さ。ジュニア界に君臨する空中殺法の数々。小さな体躯に見合わぬ怪力。そしてガチンコ対決でも他を圧倒する打撃と関節の技術。
 トリッキーな言動に目を奪われがちだが、彼女が己を本物のヒロインと信じ込んでいるのは、性格だけが理由ではない。
 
 本当の特撮ヒロイン並みに、強い。手がつけられないほど。
 
 ジュニア界ではソニックキャットこそ世界の中心であり、絶対的強者なのだ。だからこそ彼女は、自分がマットの主人公であることを信じて疑わない。
 
 そんなソニックキャットだからこそ、ヘビー級の闘いでも、勝ち上がってしまうのではないか。
 
 バシイイイィッ!!
 
 乾いた音がした。サンダー龍子の顔面と、ソニックキャットの右脚の狭間で。
 
「悪かったね」

 浴びせ蹴りが炸裂する寸前、龍子の右手は〝音速ヒロイン”の右脚を受け止めていた。
 
「さっきは無視して悪かったよ。どうしてもパンサー理沙子とヤリたかったんで、つい、ね」

 龍子の右手がジュニア戦士の足首を掴む。
 そのまま一本背負いの要領で、ソニックキャットの全身を背中に乗せた。
 
「もうヨソ見はしない。全力であんたと闘わせてもらうよ」

 ブオオオオンンンッッ!!
 
 豪風が、『裏武闘館』のリング外で発生した。
 天高く、サンダー龍子はソニックキャットを放り投げていた。高さにして3m。距離にして7m。
 
『バッ・・・バカなァッ~~ッ!!? これはなんというパワーなんだァッ――ッ!!』

『ッッ・・・!!』

 言葉を発しようとして、理沙子の口からはなにも出てこなかった。
 絶句。これぞまさに、絶句。
 サンダー龍子が凄まじいパワーの持ち主であることは、もちろん知っている。WARSのトップレスラーが、今大会優勝候補のひとりであることも。
 
 それにしてもこの怪力は・・・度を越えていた。
 いや、正確にいえば、単純な腕力の比較ならば、ビューティ市ヶ谷も相当なものだ。決して龍子に劣ってはいないだろう。ボンバー来島だって、パワーのみならばほぼ互角だ。
 しかし真に龍子が凄まじいのは、その容赦の無さだった。
 ひとりの人間をゴミのように投げ捨てる。そこまで思い切った攻撃は、並みの神経の持ち主には出来るものではない。まして相手は憎悪の対象などではない、ただの対戦者なのだ。
 
 感情に左右されるのではない。ただ、敵として向かい合った者は、遠慮なく潰す。
 それが〝反逆の女神”サンダー龍子だった。
 
『・・・サンダー龍子というレスラーがなぜ恐れられ・・・そして実力の割りに小さな団体のエースに留まっているのか、理解できた気がしますわ・・・』

 女帝として、多くの後輩や対戦レスラーからも慕われた、理沙子ならではの呟きだった。
 
 グシャアアアッ・・・!!
 
 リングサイドの客席に落ちていったソニックキャットが、激突音を響かせた。
 周辺の観客がざわめいている。ひとが投げられてきたのだから、当然だった。数人の客が、〝音速ヒロイン”の下敷きとなって失神しているようだ。
 
 現実世界に出現した特撮ヒロインは、ゆっくりと立ち上がってくる。
 観客がクッション代わりになったことで、ソニックキャットとしてはラッキーだったといえる。ダメージはあるが致命傷にはなっていない。打ち身の痛みに耐えれば、まだ十分に〝音速ヒロイン”は闘える。
 
「・・・うあ・・・あ”っ・・・!!」

 だが、ジュニア最強のレスラーは、小刻みに肢体を震わせていた。
 ダメージよりも恐怖が、ソニックキャットを蝕んでいた。彼女は知った。今回の悪者は、とんでもなく恐ろしい強敵だと。もしかすると「ソニックキャット」は、最終回を迎えるかもしれない。
 そして恐怖よりも遥かに大きな悲痛が、特撮ヒロインに成りきった少女を襲っていた。
 
「ヤダ・・・ヤダ・・・」

 ぽろぽろと涙が溢れ、頬を伝い落ちていく。
 震える脚を懸命にこらえ、ソニックキャットはなんとか身を支えていた。

「・・・負けちゃ、いけないのね・・・・・・正義のヒロインは・・・どんな強い敵にも、ゼッタイ負けちゃダメなのね・・・」

「よく立ってきたね。さすがだよ」

 腕組みをした龍子が、微笑みを浮かべて〝音速ヒロイン”をじっと見つめていた。
 決して嘲笑ではない。むしろ満足げな笑顔。
 額から流れる血すら忘れたように。震えながらもファイティングポーズを取るソニックキャットを、龍子は嬉しそうに見つめていた。
 
「あんたがジュニアの選手であたしがヘビー級。だけどそんなことは、リングに上がれば関係ない。そうだろう?」

「・・・ぅぐっ・・・ぐすっ・・・!」

「あんたのキャリアは1年少なく、年は2コ下。だからって拳を交えるときにはどうでもいい。そうだろう?」

「・・・あたり・・・前なのね! 悪者は倒すだけさね!」

「そう。あんたとあたしは、本気でぶつかりあう。それだけのことさ」

 ニヤリと笑った龍子は、鮮血の飛沫を散らしながらリングへと振り返った。
 
「じゃあ続きだよ。ここのルールじゃ場外では決着つかないんだろ? 上に戻って始めよう」

 悠然とした足取りで、〝反逆の女神”は背を向けたまま歩き出す。
 ポニーテールが揺れる。その後ろ姿が、ソニックキャットには巨大なボス敵が見せた唯一の隙に思えた。
 
「うわっ・・・うわああああっ~~~っ!!」

 絶叫を轟かせ、龍子の背中に〝音速ヒロイン”が突っ込んでいく。
 背後から襲う、など到底ヒロインにあるまじき行為。それでもソニックキャットに躊躇いはなかった。今、その身で感じた龍子の強さは、生半可なものではない。悪者を倒すためには、手段など選んでいられなかった。
 
「それでいい。容赦なく、ぶつかってくればいいさ」

 薄く笑った〝反逆の女神”が後ろを振り返る。ソニックキャットが背後から襲ってくるのは、とっくに龍子のなかで想定済みだった。
 だが、相手を潰すことに容赦はなくても、どこか余裕を持ちすぎるのが、サンダー龍子というレスラーの致命的な欠点かもしれなかった。
 
 踵を返す龍子に起こる、ふたつの誤算。
 
「ぐッ!?」
 
 ひとつめ。振り向く反動で、額からの鮮血が瞳に入る。
 視界を閉ざされた龍子に、大きな隙が生まれた。気が付けばソニックキャットは眼の前にまで迫っている。
 
 もうひとつの誤算は、正義のヒロインがなりふり構わぬ攻撃に出ていたことだった。
 
 ソニックキャット、自身よりも先に。
 龍子の顔面を襲ったのは、投げつけられたパイプ椅子だった。
 
 バキャアアアアアッッ!!!
 
「がふう”ゥ”ッ!!?」

 アルミ製の底板が、整った美貌をしたたかに打ち付ける。
 飛び掛ける意識。ぐらりと揺れる龍子に、続けざまに〝音速ヒロイン”本体のドロップキックが撃ち込まれる。
 
『うああッ!? うわあああッ~~~っと!! これは痛烈ゥゥッ――ッ!! 投げつけた椅子越しに、ソニックキャットの両脚が〝反逆の女神”の顔面に突き刺さったァッ~~~ッ!!』

『龍子選手、まともに椅子を喰らいましたわッ! 恐らく流血が目に入り、見えていなかったんでしょう!』

『キケン! キケンです、サンダー龍子ッ!! タフさに定評があるとはいえ、あまりにも脳へのダメージがッ・・・!!』

 キャンバスまで吹っ飛んだ龍子が、ロープに後頭部を打ち付け、前のめりに倒れていく。
 受け身も取れずに、漆黒のコスチュームに包まれた〝反逆の女神”は、コンクリートの床に卒倒した。
 
『ダウッ~~~ンンッ!! ダウンですッ、サンダー龍子ッ!! WARSの総帥がビクビクと全身を痙攣させているゥッ~~ッ!!』

『これは完全に失神していますわッ!! 龍子選手、大変危険な状態でッ・・・』

『しかしここは『裏武闘館』のリングですッ!! 場外での決着はありません! もちろん、ドクターストップもッ・・・!!』

「そう、ここのルールじゃ、場外じゃ勝負は終わらないんだお・・・」

 荒く息を吐きながらソニックキャットは、白目を剥いてビクビクと震える龍子を、冷たく見下ろす。
 意識を失おうと、そこが場外なら負けにはならない。しかし〝反逆の女神”にとってはラッキー、などとは言えなかった。ダウンカウントを取られない代わりに、更なる攻撃を受ける羽目になるのだから――。
 
「言ったはずさね! 正義のヒロインは・・・ゼッタイ負けちゃいけないのね!」

 失神状態の龍子を、ソニックキャットが無理矢理引き起こす。
 ジュニア離れした怪力で、172㎝の長身を高々と持ち上げた。
 
『あああッ―――っと!! 意識のない龍子を抱えあげッ・・・そのまま脳天から、垂直式のブレェェッ~~ンバスタァッ――ッ!!!』

 肩の高さまで持ち上げた龍子を、真っ逆さまに脳天から落とす。
 コンクリートの床に置いた、パイプ椅子の角へと――。
 
 グッシャアアアアアッ――ッ!!!
 
『エグぅぅッ~~~イッ!!! 龍子の頭を砕かんばかりにッ・・・ソニックキャット、鬼の一撃だァッ――ッ!!』

 パクリと割れた龍子の頭頂から、凄まじい勢いで鮮血が噴き出した。
 白目を剥き、パクパクと口を開閉する〝反逆の女神”が、冷たい床に大の字で転がった。
 
 
 
 《試合開始より 3分経過》
 
 
『サンダー龍子ッ、大失神ッ――ッ!! おびただしい血を流しながら、ピクリとも動かなァ~~いッ!!』

『ソニックキャット選手の必死な姿勢が・・・思いがけない激しい攻撃を生み出しましたね! 龍子選手も、まさか正義のヒロインが椅子を使うとは想定外だったのでしょう!』

「・・・これくらいで倒せる相手じゃないのは、わかってるのね・・・」

 ぐったりと弛緩する龍子の肢体を、強引にソニックキャットはリング内に戻す。
 失神している今が、絶好のチャンスなのはわかっていた。ダメージを回復する前に、ドラゴン女を仕留めねばならない。
 
「一気に勝負を・・・つけるお!」

 リングのほぼ中央に、仰向けにして龍子を寝かせる。
 「気をつけ」のような姿勢で眠る〝反逆の女神”は、闘うときの荒々しさがウソのように美しかった。すらりとした長い手足と流れるポニーテールは、眠れる森の美女といった風情だ。
 
 このまま体固めに入れば、3カウントとれる・・・とは思わない。
 ソニックキャットにはわかっていた。気絶しているからといって勝てるほど、サンダー龍子は甘くないことを。さらにトドメを刺さねば、このエネルギーの塊のような怪物は退治できない。
 
『ソニックキャットッ、早い!! コーナーポスト最上段に、駆け登ったァッ――ッ!!』

 リングの隅に向かって走った〝音速ヒロイン”は、ロープをはしご代わりにして一気に登る。

『トップロープの上に立ち・・・そのままいくのかァッ~~ッ!?』

『この速さならッ・・・真剣勝負ではまず不可能と思われる飛び技も、十分に決まりますよ!』

 意識の混濁している龍子相手にならば、必殺のプレスもまず確実に炸裂するだろう。
 リング内を向いたまま、ジュニア最強戦士がコーナーポスト最上段を蹴った。
 
『うおおおッ――ッ!! 一回転しながら、ソニックキャットが舞い落ちるゥッ~~ッ!! これはムーンサルトプレスッ・・・』

『いえ、違いますッ! バック宙しながらも前方に飛ぶこの技はッ・・・より高度なシューティングスタープレスですッ!!』

 ポスト最上段から、後方に宙返りしながら背中側へ落ちていくプレス技を、月面水爆・・・ムーンサルトプレスと呼ぶ。マイティ祐希子などが、得意とする空中殺法だ。
 しかし、今ソニックキャットが放ったのは、より難易度の高い飛び技であった。
 後方宙返りする点は同じでも、「背中側」ではなく、「身体の前」へと飛ぶのだ。回転する方向は後ろでも、身体自体は前方へと進む・・・そのまま後ろへ飛ぶムーンサルトプレスより、難しいのも当然だ。
 そんなEランク難度の飛び技を、あっさりとやってのけるのがジュニア最強たるソニックキャットであった。
 
 ドオオオオッッ――ンンンッ!!!
 
『まともに炸れェェッ~~つッ!! 〝音速ヒロイン”の流星が、漆黒の龍を押し潰したァッ~~ッ!!』

 サンダー龍子の胸に、旋回する正義のヒロインが直撃した。
 
『カウントが入りますッ!! ワ・・・』

 ウオオオオッ・・・!!
 
 興奮する場内が、一斉にざわめいた。
 もしやジュニア最強戦士が、優勝候補の一角を崩すのか? 大番狂わせの予感が、現実となるかと思われた矢先。
 意識を失い、まともにソニックキャットの必殺技を浴びた〝反逆の女神”は、カウント「1」が入るより早く、軽量のヒロインを跳ね上げていた。
 
『返したッ! サンダー龍子、返しましたァ――ッ!! ひとつのカウントを与えることなく・・・ッ!!』

「・・・ぐッ!! くぬぬぅっ~~っ!!」

 跳ね返されたソニックキャットが、思わず奥歯を噛み締める。シューティングスタープレスの感触は完璧だっただけに、悔しさも倍増だった。リング中央の龍子を、キッと睨み付ける。
 横臥する〝反逆の女神”は、荒い息を吐きながら、大の字に寝たままだった。意識は戻したようだが、ダメージが残っているのは明らかだ。
 
『今のは、お前にはカウント1すら奪わせない、という龍子の意地でしょうか、理沙子さん!?』

『・・・そうだと思いますけど・・・それにしても龍子選手、勿体ないですね・・・』

『? といいますと?』

『普通、あのような場合は、カウント3ギリギリまで休むものですわ。今の龍子選手の状態なら、1秒でも回復の時間が欲しいはずなのに・・・』

 回復よりも、意地を選んだということなのか。
 パンサー理沙子ならば、有り得ない選択であった。そんな龍子が少し羨ましくもあり、危なっかしくもある――
 
『ああッ!? ソニックキャットが再びコーナーポストに向かうッ!』

「一発でダメなら、何度でもお見舞いするのね!」

 ポストの頂上に一瞬で駆け登った〝音速ヒロイン”は、またも旋回しながら宙を舞った。
 
『いったァッ~~ッ!! 間髪入れずに二度目のシューティングスタープレスゥッ~~ッ!!』

 不思議ちゃんの入ったキャラから勘違いされがちだが、ソニックキャットの闘いのIQは決して低くなかった。
 全く同じ技、それも一度目は通用しなかった技を、容易に連発するほど甘くはない。
 
 赤と白のボディスーツが龍子の胸に着弾する・・・と見えた瞬間、〝音速ヒロイン”はさらに己の身体を回転させた。
 全身ごと落ちていくのではなく、ソニックキャットの揃った両脚が、仰向けの龍子の腹部に突き刺さる。
 
 ドボオオオオオ”オ”オ”ォ”ッッ!!!
 
「ゴブッ!! ぐぼおお”お”オ”ォ”ォ”ッ―――ッ!!!」

『うわあああッ~~~ッ!!? こ、これはッ・・・プレスではないッ!! フットスタンプだァッ――ッ!! ソニックキャットのシューティングスター・フットスタンプが、龍子の鳩尾に突き刺さったァッ~~ッ!!!』

 胃液と吐瀉物、そして鮮血を撒き散らしながら、〝反逆の女神”が「く」の字に折れ曲がる。
 小柄とはいえ、ひとりの人間がトップロープから回転しながら飛び降り、鳩尾を踏み抜いたのだ。いくら腹筋を鍛えたレスラーであっても、無事に済むわけがない。
 腹部を抑えながら、のたうち踊るサンダー龍子。悶絶して転がる漆黒の龍を、リアルヒロインが捕獲する。
 
「ごぶゥ”ッ!! げぼオ”オ”ォッ!! ぐお”お”ッ・・・!!」

「3カウントが無理なら・・・方法を変えるのね!」

 龍子をうつ伏せにして太ももを踏みつける。両脚をそれぞれ絡ませるようにして、ソニックキャットはロックした。
 
『おっとこれはッ、吊り天井・・・ロメロスペシャルの態勢かァッ?』

『しかしいくら弱っているとはいえ、パワーに差のある龍子選手を持ち上げるのは、難しいかもッ・・・』

 理沙子の解説は的確だった。
 本来なら、この態勢から両腕を固め、上空に持ち上げればロメロスペシャルは完成する。派手な見た目に効果を疑いがちだが、極まってしまえば脱出は不可能な拷問技だ。怪物的スタミナを誇る龍子からも、ギブアップが奪えるかもしれない。
 だが、〝反逆の女神”の膂力は日本マット界では抜きん出ている。
 龍子の背筋はまるで鋼だった。反らせることだけでも難しい。ソニックキャットに限らず、吊り天井のような大技は、到底極めることなど不可能と思われた。
 
「悪者はっ・・・どんな手を使っても、倒すといったのね!」

 ソニックキャットの両手が、赤いリボンで束ねられたポニーテールへと伸びた。
 むんずと握り掴む。まとめた髪を引っ張られる激痛は、さすがの龍子も耐え切れるものではない。
 
「うああ”ッ・・・ぐあああァッ――ッ!!」

 ぐいん、と〝反逆の女神”の背骨が逆に曲がる。
 両脚を固めたまま、上半身を海老反りにする。無理にソニックキャットは、龍子の肢体を上空に掲げようとはしなかった。直角に膝立ちさせるような態勢で、メリメリと背骨を反らせていく。
 
『これはッ・・・カベルナリアだァッ――ッ!!』

『確かにッ・・・ロメロスペシャルにこだわる必要はありませんわ! 背骨折りの効果は、これだけでも十分です! むしろ力が入れやすいぶん、龍子選手の背骨はッ・・・!!』

 メシッ・・・メキメキッ・・・ミリミリミリッ・・・
 
「レフェリー!! 髪を掴むのは反則です! なんでもアリのリングとはいっても、プロレスのルールブックに抵触していますよ!」

 龍子のセコンドから声を飛ばしたのは、WARS所属のジュニアレスラー、小川ひかるであった。
 普段はおとなしく、レスラーらしからぬ才媛である彼女が、珍しく声を荒げている。その事実が、WARSの誇るトップレスラーが、深刻な危機を迎えていることを教える。
 
『あ、そうです! 小川の指摘する通り、髪を掴むのは明確な反則です!』

「小川・・・相変わらず、細かいことにうるさいひとなのね! でもっ!!」

 ジュニア戦線でしのぎを削るライバルのひとりに、ソニックキャットが視線を向けたのは一瞬のみだった。
 反則を告げるカウントが入る・・・5まで進む寸前、〝音速ヒロイン”の両手はポニーテールを離す。
 だが、次の瞬間には、天を仰ぎ無防備となっていた龍子の首筋に、ジュニア離れした筋力を持つ両腕は絡みついた。
 
『ああッ――と!! すかさず!! 龍子の首にチョークスリーパーァッ~~~ッ!!! スリーパーを複合した、変形カベルナリアが完全に極まったァッ――ッ!!』

『ッ!! これはッ・・・スリーパーホールドならば、タフな龍子選手もオチますよッ!? そしてソニックキャット選手は、絞め技にも十分心得のある選手ですッ!!』

 大金星と大波乱の予感が、『裏武闘館』の観衆を包み込んだ。
 
 
 
 《試合開始より 5分経過》
 
 
「龍子さんっ!! 龍子さん、しっかりしてください!!」

 セコンドについた小川ひかるが、バンバンとセルリアンブルーのマットを叩いている。読書好きで物静かな後輩レスラーの慌てぶりが、WARS総帥の窮地を物語っていた。
 
 日本マット界でも有数のタフネスと体力を誇るサンダー龍子から、3カウントを奪うのは至難の業だった。若手時代を除けば、近年、龍子からフォール勝ちした選手など記録にないのだ。
 といって〝反逆の女神”の異名をとるレスラーが、並みの根性の持ち主であるはずもない。関節技は決して得意ではない龍子ではあるが、ギブアップでの負けは若手時代にすらなかった。腕の一本折ったくらいでは、彼女は負けを認めないだろう。
 
 失神させて、落とす。
 これがもっとも現実的な、サンダー龍子攻略法だった。くしくもそれは、新女の次世代エースであるマイティ祐希子と同じ。
 
『ガッチリ・・・極まっているゥっ~~ッ!! ソニックキャットのスリーパーは完璧だァッ――ッ!!』

『もしかすると・・・いえッ、もしかしないでも、これはッ!! ソニックキャット選手の勝利がッ・・・!?』

「うおおりゃあああっ――っ、ここで極めるのねっ!!」

 全力で〝音速ヒロイン”が頸動脈を締め付ける。
 脳へと送り込む血流を遮断されれば、人の意識はブラックアウトする。どんな怪力を誇ろうが、桁外れの根性を持とうが、関係なかった。人間として生まれたからには、絶対不可避のプログラムなのだ。
 龍子の両脚は、カベルナリアでロックされている。満足には動けない。首に食い込んだソニックキャットの腕は、確実に頸動脈を締めていた。
 
 あと数秒。数秒の後には、サンダー龍子の意識は再び闇に落ち、今度こそ〝音速ヒロイン”の勝利が決まる・・・
 
 虚空を掻き毟る龍子の手が、咽喉に巻き付く腕を掴んだのは、その時だった。
 
 バリイィッ!!
 
「・・・へ?」

 強引に、力づくで。
 サンダー龍子は、スリーパーを仕掛けるソニックキャットの腕を、引き剥がしていた。
 
「ふー。危ないとこだったよ」

 自ら頭を振り、〝反逆の女神”はポニーテールの後頭部を背後にぶつけていく。
 呆然とするジュニア戦士の顔面に、頭突きがめりこむ。ぐちゃあ、と嫌な音がして、ソニックキャットの鼻が潰れた。
 
「ぷぎゃあっ!! ぶぷゥ”っ・・・!!」

「椅子へのライガーボム・・・あれは効いたよ。おかげで意識がハッキリするまで、今までかかっちまった」

 変形カベルナリアから脱出した龍子は、まだズキズキと疼く頭をぶんぶんと振った。額からの鮮血が、飛沫となって周囲に飛び散る。
 
「あんたの攻撃・・・どれもこれも、よかったよ。改めて謝るよ。パンサー理沙子以外にも、いいレスラーはたくさんいるんだね。あんたと闘えただけで、今日は大満足さ」

「くっ・・・ぐううっ・・・ううっ!!」

 ダラダラとこぼれる鼻血を拭い、ソニックキャットはファイティングポーズを取った。だがその顏にも、全身にも、鼻血など比ではない大量の汗が滴っている。
 ガクガクと、震える両脚を抑えるだけでも〝音速ヒロイン”は苦心していた。
 
 決定的な勝利のチャンスを逃した、だけではない。
 リアルヒロインが受けているショックは、そんな些細なことではなかった。復活したドラゴン女と、闘わねばならない。もう二度と油断しないであろう怪物と、リング上、1対1で。
 
 勝つことを義務付けられた正義のヒロインにとって、これほどの恐怖が他にあるのだろうか?
 
「・・・負けちゃ・・・いけない・・・〝ソニックキャット”は・・・どんな強敵にも、負けちゃいけないのね!」

 咆哮を迸らせ、ジュニア最強戦士が真っ直ぐに漆黒の龍に突っ込んでいく。
 
「来な。あんたの全力、受け止めてやるよ」

 パパパパパパンンッ!!!
 
『しょ、掌底の嵐だァッ~~~ッ!!! ソニックキャット、猛ラ――ッシュッ!!! 左右の連打を龍子の顔面に浴びせていくゥッ~~ッ!!』

 真正面から、古流武術の打撃。
 恐怖に呑まれず、ソニックキャットは巨大な敵に殴りかかる。平手の底の部分を、龍子の顎に数十発と撃ち込んでいく。
 
「いいね! 気に入ったよッ!!」

 叫ぶ龍子の口から、赤い糸が伸びる。掌底の連打で、なかがパックリと切れていた。
 休む間もなく繰り出される打撃を浴びつつ、龍子は右手を大きく振りかぶる。
 
 どっ・・・パアアアッ―――ンンンッ!!!
 
『ッッ!!! サンダー龍子のッ・・・平手打ち一閃ッ~~ッ!!!』

 一発で、ソニックキャットが軽々と吹き飛んでいく。
 ロープまでマットと水平に飛んでいった小さな肉体が、バウンドしてどしゃりと崩れ落ちる。
 
『す、凄いパワーだァッ~~ッ!! 恐るべしッ、WARSの至宝ッ、サンダー龍子!!』

『龍子選手も確かに凄いですが・・・私としては真っ向から挑んだソニックキャット選手も褒めてあげたいですわッ!!』

 ビクビクと痙攣しながらも、〝音速ヒロイン”は立ち上がってきた。
 ソニックキャットになる前の、正義のヒロインではない彼女であったら、とっくに勝負はついていただろう。
 だが、子供たちのアイドルは闘う。ソニックキャットは、負けてはダメなのだ。どんな強敵にも、必ず最後は勝利して、みんなの期待に応えねばならない。
 
「うああっ・・・うわあああッ~~~っ!!」

 またもや真正面から、ソニックキャットは突っ込んでいった。
 矢のようなドロップキック。だが、サンダー龍子に仕掛けるには、甘すぎる技。
 パシッ、と乾いた音がして、〝音速ヒロイン”の右脚は龍子に掴まれていた。
 
「ちゃんと、予測済みなのねっ!!」

 流血により、見えにくくなっている龍子の右側面の視界。
 死角からソニックキャットの左脚が迫る。狙いすました延髄蹴り。
 
 パシーンッ、と甲高い音色がなり、龍子の長身がマットに崩れる。
 
「今しかっ・・・ここしかないのねっ!!」

 もつれる脚で、ソニックキャットは走った。
 向かうはコーナーポスト。最上段へと、懸命に駆け上る。
 
『いくのかッ!? 最後に頼るはやはり一番の必殺技かッ!? ジュニア最強戦士の願いを賭けて、正義の流星が三度マットに輝くゥゥッ~~~ッ!!!』

 シューティングスタープレス。
 ソニックキャットを代表する空中殺法が、勝利目指して放たれる。
 
「残念だったね」

 サンダー龍子は立っていた。
 タフな〝反逆の女神”は、すでに立ち上がっていた。仁王立ちで、飛んでくるソニックキャットを待ち受ける。
 
「構わない・・・のねっ!!」

 直立不動の龍子に、そのまま〝音速ヒロイン”はシューティングスタープレスを浴びせていく。
 押し潰すつもりだった。立っていても、問題はない。旋回する肉弾で、龍子を天から爆撃して沈めればいい。
 
 ドキャアアアアアア”ア”ア”ッッッ!!!
 
 回転しながら落ちてくる、ソニックキャットの喉笛に。
 龍子の逆水平チョップが、カウンターとなって撃ち込まれた。
 
「このあたしを相手に・・・真正面からよくやった」

 ブシュウウッ!!
 
 大量の吐血を噴きながら、撃墜された〝音速ヒロイン”が、真っ逆さまにマットに落ちる。
 地響きを鳴らして、リング中央にジュニア最強戦士は突き刺さった。
 
 ダウンカウントを数えるレフェリーの声が、沸き立つ場内に響き渡った。
 
 
 
 《試合後 リング上》
 
 
「・・・10ッ!!」

『ああッ――っと!! 立てません、ソニックキャット!! ピクリとも動けず、10カウントを聞いたァッ――ッ!! 予選第五試合、ここに決着ゥッ~~ッ!!』

 試合終了を報せるゴングが、場内に鳴り響いた。
 仁王立ちのまま佇む勝者・サンダー龍子と、血反吐をはきマットに転がる敗者・ソニックキャット。
 終わってみれば、多くの者が試合前に予想した光景が、リング上には展開されていた。
 
『一時期はソニックキャットの攻勢でどうなることかと思いましたが・・・結果としては順当というところでしょうか、理沙子さん?』

『・・・そうですね。龍子選手は必殺のパワーボムも出していませんし・・・試合展開の割りには、余裕のある勝利だったのかもしれません。ですが』

 解説席から立ちあがったのは、ひとりのプロレスを愛する者として、理沙子の自然な行為であった。
 
『私はソニックキャット選手に・・・大きな拍手を送りたいと思います』

 パチパチと、『裏武闘館』の広い会場に、元女帝の拍手が響く。
 やがて拍手の音はふたつに増え、みっつに増え・・・瞬く間に数えきれぬ数となった。
 万雷の拍手は、会場全体を覆い尽した。
 
『・・・そうです! ジュニアとヘビー級、圧倒的な体格差があるなかでのソニックキャットの激闘は見事でした! 天下のサンダー龍子に向かって、よくぞ真っ向から挑み続けましたッ!! ヘビーに勝つという夢こそ破れたものの、その闘いぶりはまるで恥じることのない・・・』

「イヤなのねっ!!」

 鳴りやまぬ拍手を終わらせたのは、他ならぬ〝音速ヒロイン”の絶叫だった。
 
「負けてないっ・・・負けてないのね! ・・・そんな拍手はいらないお! ヒロインは絶対負けちゃダメなのね! 拍手なんかしてもらっても・・・嬉しくないお!」

 ボロボロと泣きながら、ソニックキャットは立ち上がっていた。
 
「・・・まだあたしは・・・闘えるのね!」

『ああっと!? これはいけません、ソニックキャット! 決着はついたにも関わらず、サンダー龍子に襲い掛かるッ!!』

 脚をフラつかせながらも、〝音速ヒロイン”は〝反逆の女神”に向かっていく。
 間に入ろうとする小川ひかるを、龍子自身が制した。正面からソニックキャットに向き合う。
 
「諦めきれないのかい? ・・・そういう往生際の悪さ、あたしは嫌いじゃないよ」

 顔面に飛んでくる掌底突きを、よけずに龍子は喰らった。
 ぶッ、と鼻血が噴き出す。表情を変えることなく一撃を受けたWARSの総帥は、お返しの膝蹴りをジュニア戦士の鳩尾に突き上げた。
 
「ゲハアアアッ!!」

 宙に浮きあがったソニックキャットは、胃液を吐いて動きを止めた。
 
「けどね。跳ねっ返るヤツは、痛い目に遭うものなのさ。覚悟はできてるんだろうね?」

 龍子の両腕が、〝音速ヒロイン”の腰に回る。軽々と、一気に頭上まで振り上げた。
 渾身の力で、ソニックキャットの後頭部を、サンダー龍子はマットに叩きつける。
 
 ズッ・・・ドオオオオオオッッンンンッ!!!
 
『・・・パッ・・・パワァァボ――ォムッッ!! 勝敗の決した相手に対し、サンダー龍子ッ、容赦なく必殺技の洗礼を浴びせたァッ~~ッ!!』

「・・・これで満足したかい? 正真正銘、完膚無きノックアウトさ」

 リング中央、大の字で転がったソニックキャットは、ピクリとも動いていなかった。
 その瞳は、完全に裏返っている。パワーボムの衝撃に、意識が吹っ飛んでしまったのだ。
 
「・・・関係ないんだよ」

 静まり返った場内に、龍子の呟きだけがかすかに流れた。
 
「WARSと東京女子。ヘビー級とジュニア。所属する団体も、ガタイの違いも関係ない。ただ、あたしとあんたは全力で闘い、今回はあたしの方が上回った。ただそれだけのことさ」

 血に濡れた髪を掻き上げ、横たわったソニックキャットに龍子は歩み寄った。
 その右手首を掴み、意識のないヒロインレスラーを無理やり起こす。
 
「体格の差は関係ない。でも、あたしのキャリアはあんたより1年多い。そのぶん、悔しさを経験してるだけ・・・あたしの方が勝ったんだろうね」

 失神しているソニックキャットの右手を、サンダー龍子は高々と上げた。
 
「みんな、もう一度この素晴らしい選手に・・・拍手を頼むよ」

 『裏武闘館』のあらゆるプロレスファンから、惜しみない拍手が勝者と敗者に降り注いだ。
 
 
 
 ○サンダー龍子(8分11秒 逆水平チョップ→K.O.)ソニックキャット●
 
 
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| レッスルエンジェルス | 23:16 | トラックバック:0コメント:1
コメント
「サイバードール」を延期したため、今回は繰り上げる形でレッスルの続きを更新しました。

とはいえ今回・・・サービスシーンは皆無であります(;´Д`)

多くのレスラーを登場させるなか、どうしても「この組み合わせでエロはムリだな・・・」というものがあり・・・かといって立場上、登場させないわけにもいかず・・・

今回の試合と相成りました。
レッスルを知らない方にはほとんど楽しめない内容かもしれませんが、寛容に見て下されば幸いです(;^ω^)

次はこれも間隔の空いている「オメガ」の続きを予定してます。
2015.09.11 Fri 23:21 | URL | 草宗
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