巨大変身ヒロインのオリジナル小説を書いている草宗の独り言をつぶやくブログです。

草宗の書斎

ツボに嵌ったもの⑦「ジョジョの奇妙な冒険」 | main | もうひとつの作品
最終話 東京終末戦 2章―2
 
 疵面獣の咆哮が、満月の中天に轟いた。
 首都全体、いや関東地方一帯が、震撼したかのようだった。凄まじい大音声に、立ち並ぶビル群がさざなみを打つ。威嚇と歓喜が、声には濃密に含まれていた。
 
「どうしたッ、オラァッ!! それで終わりってこたァ、ねえだろがッ!? こっちはまだ、遊び足りねェぞォッ!!」
 
 猛るギャンジョーは、地響きをあげながら、一歩づつ太い脚を前に進めた。
 北の丸公園の片隅に、赤銅の鬼が蹲っている。毒々しいまでの深紅に染まった全身。赤い表皮の上面を、濡れ光る鮮血が覆っていた。完全なる戦闘種族であるはずの怪物が、このような弱々しい姿をさらけ出すのは、むろん初めてのことだ。
 
 信じられない光景、であった。
 ガオウ、そして工藤吼介の強さを目の当たりにした者ならば、驚愕を禁じえまい。『最強』の看板を当たり前のように背負っていた格闘獣は、敗北はおろかダウンすら無縁の男なのだ。
 その怪物が、鮮血を噴き出して地を這っている。スローモーな動きで。
 闘いの化身に、クリティカルヒットを与えた。それだけでも、ギャンジョーが首都に勝ち鬨を響かせるだけの権利は、あるように思われた。
 
「生きてんだろォア!? わかってんだぜェェッ、てめえとオレの仲だァッ!!」
 
 茶褐色の凶獣は、倒れ伏した赤鬼に迫っていく。トドメを刺すために。
 ギャンジョーの放った“弩轟”は、シュラ・ガオウに大ダメージを与えたのは明らかだった。それでもモゾモゾと動く手足が、いまだ息があることを示している。
 
 闘鬼を一撃で沈めた、ギャンジョーを褒めるべきか。
 疵面獣の必殺光線を耐え切った、ガオウを賞賛すべきか。
 
 確かなのは、不意打ちに成功したギャンジョーに、最強の赤鬼を始末する、千載一遇のチャンスが巡ってきたことだった。
 
「オレ様とは遊んでくれねえ、ってかッ、赤鬼ィ!? んじゃあ、構わねェッ、そのまま寝てろやァ」

 ゆっくりと肉体を起こそうとするガオウの前に、凶獣は仁王立ちした。
 その右腕に、象牙のような、白く長い槍手が光る。
 ギャンジョーの槍腕は、愛用する匕首が変形したものだ。様々な兇器に変身する腕だが、他が拷問を主たる目的としているのに対し、この槍腕=短刀は殺し稼業における最大の武器。あくまで、ひとを殺すための道具だ。
 それゆえ殺傷力については、槍腕は多くの兇器のなかでも飛び抜けて高い。
 
 本物のドスで心臓を抉られれば、さしもの闘鬼も死を免れるわけがなかった。
 
「遊びはナシで・・・さっさと殺してやらァッ!!」

 ガオウが身を起こすより早く、鋭利な槍の穂先が太い首元へ飛んだ。
 
「ッッ・・・ぐッ!!?」

「間一髪、というところかしら」

 全身に絡みついた極細の糸が、ギャンジョーの凶行を阻止していた。
 ガオウの首に届く寸前、ピタリと止まった槍の切っ先。ギリギリと食い込んでいく妖糸に構わず、スカーフェイスが背後を振り返る。
 
「てめえッ~~ッ・・・なに邪魔してやがんだァアッ、シヴァアアアぁッ~~ッ!!」

 水色の肢体に6本の腕。異様な肉体をさらに引き立たせる、息を呑むほどの美貌と黄金律のプロポーション。
 蜘蛛とのキメラ・ミュータント、シヴァはすべての腕から放った妖糸の束で、茶褐色の巨獣の動きを封じていた。
 ファントムガール・ユリアを蘇生させるため、巨大化したシヴァであったが、とても本来の役目を果たせる状況ではなかった。出現と同時に、蜘蛛妖女はギャンジョーと敵対せざるを得ない。
 もしここで、闘鬼ガオウを失えば、メフェレスの野望を砕くチャンスは早々と消滅する。
 むろん、生物学者・片倉響子が思い描く「超人類構想」など、夢のまた夢だ。
 
「私にとってシュラは、地球の運命と同じくらい貴重なものよ。少なくとも、ファントムガールなんかよりね」

 シュラという単語が、たぎるギャンジョーの心をさらに沸騰させる。
 不愉快、いや憎悪に値する言葉だった。聞くたびに理屈抜きで、ハラワタが暴れ回るかと思うほどに怒りがこみあげる。
 闘鬼ガオウのことを、この名で種別分けしているのは、なんとなくわかっている。ファントムガール・ナナも、この種族に近いらしい。
 だが、シュラという存在は、ミュータントのギャンジョーに劣等感を植え付けさせた。勝手にギャンジョーが、屈辱を背負い込んでしまうのだが。誰もなにも言っていないのに、この男は自分がシュラより下だと、嘲笑われてるような気になった。
 許されざることだった。
 戦闘者としての評価で、最凶の暗殺者が“負け組”に区別されるなど。
 
「殺すぞ、てめえ」

 ヤクザ者独特の恫喝の声が、一転して静かに呟く。
 戦慄に、蜘蛛妖女の全身が震えた。本気で来る――。まともにやっては勝機が薄いと悟るシヴァは、巨獣の肉体を細切れにせんと、斬糸を引きつける。
 
 ブツッッ!!
 
 軽やかな音色がして、蜘蛛の妖糸はすべてが両断された。
 ギャンジョーの両腕には、白い槍腕が鈍い光を放っている。
 
“くッ!! やはり短刀相手には・・・分が悪いわ”

 断たれた斬糸を手繰り寄せながら、シヴァ自身も後方へ飛ぶ。
 日本刀の使い手・メフェレス。匕首の愛用者・ギャンジョー。相性という点で、シヴァは己がこれらの相手に対して、大きな戦力とならないことを自覚していた。“最凶の右手”を持つゲドゥーにも、斬糸などは通用しないだろう。
 大量の束となった糸は、白い奔流のようだった。天の川のように、キラキラと輝きながら、飛び退がる妖美女の後を蛇行して追っていく。
 
「死ね」

 斬糸が手元に戻るより早く、凶獣はシヴァの懐に飛び込んでいた。
 巨体に似合わぬ脅威のスピード。眼と鼻の先で疵面が歪むのを見ながら、全身の血が引いていくのをシヴァは自覚した。
 振りかぶる鋭利な杭槍が、視界の隅に映る。
 攻防一体となった蜘蛛の糸は、いまだ手元に戻っていなかった。防ぐことも、反撃することも叶わず、凶獣の一撃に貫かれるしかない―――。
 
 大地が割れるような、轟音がした。
 
「グオオオオオオッッ―――ッ!!! ウオオオッッ―――ンンンッッ!!!」
 
 続けてシヴァの耳朶を打ったのは、赤鬼の猛々しい咆哮。
 発射されたギャンジョーの槍腕を、出現したガオウが受け止めていた。
 シヴァは知る。先程の轟音は、肉と肉とが凄まじい勢いで激突した音だと。
 腕を振る。それを受け止める。たったそれだけのアクションで、雷鳴のごとき音響が轟くというのか。突如ガオウが眼の前に復活したことより、巨獣二体が秘めるパワーの凄まじさに、シヴァの眼が見開かれる。
 
「来いやあああッッ――ッ!!! ゴラアアアァアアッッ~~~ッッ!!!」

 嬉々としている。ようにさえ、シヴァには見えた。
 怒号を飛ばしたギャンジョーは、蜘蛛妖女など忘れたように、赤鬼と対峙した。空いたもう片方の槍腕を、ガオウの顔面に撃ち込む。
 ドッッ!! と硬質な音がした。
 迫る刺突を、闘鬼は腕で跳ねあげていた。力を力で弾き飛ばす。ギャンジョーの正面、ポカリと隙が生まれた、と見えた瞬間には、逆襲の豪打が放たれていた。
 凶獣の胸板に、ガオウの拳が埋まる。
 吼えた。茶褐色の疵面獣が。しかし、ひるまなかった。
 脚を止め、互いに一歩もひかぬまま、拳と槍腕を打ち込みあう。打撃音の飛礫が、広い公園に降り注ぐ。
 
 救われた。そんな感情さえ、シヴァは忘れた。
 すぐ眼の前で、ガオウとギャンジョー、正真正銘の怪物二体が、正面から殴り合っている。
 
 ドッ!! ゴッ!! ドゴオオオッッ!!! ブシュッ!! ドドドドドドドドッッッ!!!!
 
 己も体長50mほどの巨大生物であることなど、シヴァはすっかり失念していた。
 ハルマゲドン。ラグナロク。神々の闘いが現世に現れるというならば、恐らくこの二体の激突こそが、唯一その迫力に比肩しよう。
 剛力漲る拳と、頑強な肉体。獣の咆哮が交錯する。互いが持つ膨大なエネルギーの衝突に、間近で見るシヴァの身体がビリビリと震える。
 超パワーと超パワーの真っ向勝負は、ふたつの惑星が激突するかのようだった。
 
 “な、なんて・・・恐ろしい闘い・・・ッッ!!”

 気がつけば、6つの腕の拳すべてを、シヴァは強く握り締めていた。
 恐怖ゆえか。闘志の余波に当てられたのか。拳だけでなく、奥歯もまた、無意識のままに強く噛み締めている。
 それでいて、蜘蛛のキメラは、激突の中心地からずいぶん遠ざかっていた。
 闘鬼と疵面獣、二体の戦闘に巻き込まれまいと、シヴァの細胞は主人を安全な場所に退避させたのだ。今のシヴァは、単なる傍観者に過ぎない。
 
「ッッ!! ・・・今のうちにッ・・・!!」

 轟音と咆哮、血飛沫を撒き散らす闘いに背を向け。
 シヴァは走った。本来の目的を、思い出したのだ。
 
“当初の計画通りではないけど・・・チャンスが到来したのは、間違いないわ! これならユリアを・・・復活できるッ!!”

 開戦する前、工藤吼介と行動をともにしている間、ことあるごとに響子は今回の作戦を確認し続けた。
 『エデン』は感情や精神状態に、鋭く反応する。繰り返し繰り返し、作戦行動を吼介の脳裏に叩き込む作業は、きっとガオウに変身した後も影響すると考えたのだ。バーサーカー状態の、ガオウであっても。
 
 恐らく、理性を失ったとしても、与えられた任務を遂行しようとする動きが、多少なりともガオウには現れるはずであった。
 そうでなければ、生物兵器としての『エデン』は、あまりに非実用的といわざるを得ない。
 作戦命令を忠実にこなすからこその兵器であり、完全なる戦闘者・シュラなのだ。
 果たすべき任務を教え込めば、闘争本能に支配されようとも、着実に実現する。どんな怪物になろうとも、それができる素養が、シュラ・ガオウにはあるはずだった。
 
“期待したような動きは、残念ながらガオウはできていない・・・しかし、結果的にユリアを蘇生させる時間を稼いでくれれば、御の字よ”

 思うように事態が運ばない可能性は、当然シヴァは想定済みだった。
 事実、ギャンジョーという、あまりに闘志を駆り立てる敵が現れた。攻撃を受けたことによって、ガオウの意識は完全に疵面獣撃破に向かっている。
 今現在、赤銅の闘鬼が行なっている闘いは、シヴァの計画とはまるで外れたものだった。
 
「こんな時、こんなところに・・・ギャンジョーが現れるなんて、思ってもみなかったものね」

 思わず、愚痴がこぼれる。凶獣がいなければ、ファントムガール復活計画は、もっと順調に進んだはずだ。
 だだ、どんな事態に陥ろうと、最優先課題であるユリアの復活さえできれば「よし」と、シヴァは考えていた。
 その最低目標を、クリアするチャンスはやってきた。ならば、多少のガオウの暴走も、十分許容範囲だ。
 
 いや、むしろ。
 
 ここでガオウがギャンジョーを倒すことになれば・・・
 大局的に考えれば、決して悪いことではない。
 いや、ハッキリと、願ってもない事態と断言できる。
 
「ファントムガール・ユリア。あなたをこのシヴァが蘇らせるわッ・・・! これより、私たちの大逆襲は始まるのよッ!!」

 日本武道館の正面。
 開いた敷地に転がる、お下げ髪の守護天使。ファントムガール・ユリアの死体に、妖女シヴァは跨った。
 鮮血とザーメンをこびりつかせた聖少女の亡骸は、顔立ちが幼いゆえに無惨さが際立つ。
 胸中央、光の消えた水晶体に、シヴァは6つの掌を重ねて置いた。
 
「『エデン』は精神に強く感応するもの・・・私が心底からあなたを“生き返らせたい”と願えば、必ず『エデン』は応えてくれるはずッ!!」

 シヴァの叫びは、己に言い聞かせるかのようだった。
 本当に、成功するのか?
 頭の片隅に湧き上がる疑念を、首を振って掻き消す。信じろ。自分が信じないで、どうするの。
 確かに、ミュータントが光の守護少女を蘇らせるなど、前代未聞だ。常識では考えられない。しかし、シヴァの考えどおりならば、必ず成功するはずなのだ。
 
 信じるのよ。
 疑問は、エナジー・チャージの妨げとなる。強く信じることは、『エデン』によってそのまま力と変わる。
 
 ユリアを蘇らせたい。そう思う心にウソがなければ、必ず力を与えられる。
 
「蘇るのよ・・・ファントムガール・ユリアッッ!!」

 私の気持ちに・・・ウソはない。
 権謀術数、奸智術策。駆け引きを好み、擬装こそが常態となっていた妖女が、本心からの願いを叫ぶ。
 
「エナジー・チャージッ!!」

 ドオオオオオオンンンッッ!!!
 
 6本の腕から一斉に、エネルギーの奔流がユリアの胸中央に注がれる。
 エネルギーの色は傍目からも、漆黒ではなく白光に見えた。
 
「・・・くッ、まだよッッ!!」

 動かなかった。
 仰向けに転がる黄色の守護天使は、かすかな生命の息吹さえも、感じさせはしなかった。胸のエナジー・クリスタルは、点灯することなく沈黙している。
 すかさずシヴァは、再びありったけのエネルギーを放出して、ユリアの胸に送り込む。
 
「息を吹き返すまで、諦めないわッ・・・!!」

 二度目のチャージが行なわれ、反動で少女の死体がビクンと跳ねた。
 様子を見る。動かない。
 必死なシヴァを嘲笑うように、薄汚れたユリアは「モノ」のままだった。
 
 そんな。
 
 全身の血が引き、大脳に集結したかのようだった。
 寒気を覚える肉体とは裏腹に、思考だけが高速で駆け巡った。破滅。このままでは破滅。どこかで考え方を間違えたのか? いや、そんなはずはない。ユリアは生き返るはず。なのになぜ・・・
 
「ありったけの力を・・・あなたに捧げるッ!!」
 
 私では、勝てない。メフェレスにも、ゲドゥーにも、ギャンジョーにも。
 世界を悪魔の支配から救うためには、武道天使ファントムガール・ユリアの力は欠かせない――。
 
 これまでより、一層眩い光の奔流が、胸のクリスタルに注ぎ込まれた。
 
「・・・・・・ッッ!! ・・・ダメなの!?」

 大地に転がるユリアの亡骸は、冷たいままだった。
 眩暈がシヴァを襲う。大量のエネルギーを一度に消費した、だけが理由ではなさそうだった。
 だが、態勢を整える間もなく、凄まじい激突の轟音に、思わず背後を振り返る。
 
 ガオウの拳と、ギャンジョーの槍腕。
 相手の肉体に突き刺しながら、両者が睨み合っている。
 
「ぐうッ・・・ううゥッ!!」

 見ているシヴァの咽喉元から、呻きが洩れていた。
 どれほどの激闘が繰り広げられたのか。シヴァ“ごとき”では、もはや見当もつかない。
 赤鬼と疵面獣。二体の怪物の全身は、鮮血で真っ赤に染まっている。己が流したものなのか、敵の返り血なのか、それすらハッキリとわからない。
 
 パワー、スピード、タフネス。並の巨大生物を、遥か凌駕する二体。
 だが、ガオウとギャンジョーを比べれば、いずれもわずかながら、赤銅の闘鬼が上回るというのが、シヴァの見立てであった。正面からぶつかりあえば、ガオウに分はある。
 ただし、それは互いに素手の場合だ。
 ギャンジョーの両腕は、兇器を持っている。ヤクザの必携アイテム、匕首が持つ殺傷力は極めて高い。
 素手の格闘獣と、兇器持ちの暗殺鬼。勝敗の予想は、困難極まりなかった。
 
 二匹が激しい応酬をしてきたのは、シヴァにもわかる。
 しかし、どちらが優勢なのか。
 互いのダメージがどれほどなのか。ひと目見ただけでは、蜘蛛妖女にも判別できない。
 
「ガハアアアッッ!!」

 大量の血を吐いたのは、疵面獣の方だった。
 ドス以上の威力が、闘鬼の拳に宿っていたというのか。驚愕するシヴァ。だが続く光景に、さらに眼が見開かれる。
 真っ赤な口腔を開いたギャンジョーは、ガオウの首元に噛み付いていた。
 鋭い牙が、赤銅の皮膚に埋まっていく。闘鬼の肉に埋まる牙など、この凶獣以外に持ちあわせていまい。
 
「グロロロロオオオオッッ――ッ!!」

 吼えると同時に、ガオウのショートアッパーが疵面の顎を跳ね上げた。
 
 ブチブチブチイッッ!!!
 
 肉の一部と一緒に、ギャンジョーの上半身が反りあがりながら宙に浮く。
 それでも凶獣は、突き刺した右腕を抜かなかった。意識も飛ばさなかった。
 地上に着地し、ベッ! と肉片を吐き捨てる。「効かねえな」虚勢を張るかのごとく、ニヤリと疵面を歪ませる。
 
 神々、いや、鬼と悪魔の闘いに、シヴァは魂を抜き取られたようだった。
 
 怪物二体の激突に、決着がつくことはあるのか? 途方もない想いに駆られたその時、変化は急速に訪れた。
 
「・・・カルルッ・・・ッ・・・・・・―――」

 変わった。
 ガオウの内部で燃えたぎったマグマが、鎮まっていく。
 獣に理性が芽生えた、とも見えた。赤銅の肌はそのままに、纏う闘気のみが青色になる。
 
「ザケんなッッ、ゴラ゛ア゛アアアッッ―――ッッ!!!」

 ガオウの変化を、ギャンジョーは「引いた」と受け取った。
 逃げる者にはカサにかかって襲うのが、暗殺鬼の本能。
 パカリと開いた口腔の奥で、漆黒が渦を巻く。必殺の闇弾。“弩轟”。この至近距離から放てば、さすがの闘鬼の首も吹っ飛ぶ。
 
 わずかに、ガオウの両肩がブレた。
 
 高く澄んだ打撃の音色が、満月の天空に消えていく。
 
「ッッ!!! ・・・空手・・・ハイキック・・・」

 呆然と呟くシヴァの声が、白目を剥いたギャンジョーに届くはずもなかった。
 密着した姿勢のまま放ったガオウの右脚は、疵面獣の背中から回って後頭部に吸い込まれていた。
 正面に立った敵の脚が、背後から襲ってくるなど、思いも寄らぬだろう。完全な死角からの一撃に、ギャンジョーの意識は吹っ飛んだ。
 
 ドオオオオオオオッッ・・・!!!
 
 電池が切れた茶褐色の巨体は、地響きを立てて大地に沈んだ。
 うつ伏せに倒れたギャンジョーの口から、大量の泡とともに舌がだらりと伸びて出た。
 
 シヴァにはわかった。
 ガオウが“技”を使ったのだ、と。
 闘争本能に衝き動かされ、真正面から殴りあった格闘獣は、ギャンジョーの強大さ故に“技”を駆使したのだ。
 同時にそれは、闘鬼の脳裏に「工藤吼介」が一部蘇ったことも意味する。
 
「ウオオオオオオッッ―――ンンンンッッッ!!!!」

 吼えた。ガオウが。高く、遠く。
 対ギャンジョー、の勝ち鬨では、恐らくない。
 赤銅の闘鬼は、天空に蒼々と浮かぶ、満月に向かって吼えていた。
 
「オオオオォォッ・・・オオオオオオォォッ―――ンンンッッ!!! オオオオッッ・・・」

 啼いているのね、工藤くん。
 月に重なる、あのひとを思い出して。
 そう、彼女を救うことこそ、あなたの本来の役目よ。
 
 大地を鳴らして、赤鬼は一歩を踏み出す。
 ゆっくりとした、重い足取りだった。
 それでいて、確信に満ちた一歩だった。
 
 間違いない。我が進む道は、こちらだ――。
 
 沈めた凶獣を振り返ることなく、厳かにガオウは動き始めた。
 満月の光に照らし出された、東京タワーに向かって。
 
 
 
「こうしちゃ、いられないわ」

 遠ざかるガオウの背から視線を引き剥がし、シヴァは黄色の守護天使に向き直った。
 凶獣ギャンジョーが、この北の丸公園に出現したのは想定外であったが・・・激闘を経たことで、ガオウが理性をわずかながら戻したのも、また皮肉であった。
 結果的に赤銅の闘鬼は、本来の役割を思い出した。
 それどころか、最凶の一角ギャンジョーを大地に沈めていた。
 シヴァにとって、これほど好都合な結末はない。あとはユリアを復活させることができれば・・・作戦の第一段階は、恐ろしいまでの大成功だ。
 
「メフェレスとゲドゥー、このふたりが仲間割れしたのも追い風ね。あとはファントムガールをひとりでも、ふたりでも蘇らせれば・・・」

 勝てる。
 魔人の野望を阻止できる。凶魔の脅威を拭い去れる。
 圧倒的苦境から、一気に視界が開けてきたのを、シヴァは自覚した。だが、まだだ。まずはユリア、武道天使を私の手で復活させなければ・・・
 
 ギャンジョーを倒した喜びに浸る間もなく、シヴァは身体中からエナジーを掻き集めるのに集中する。
 出せるだけのエネルギーは、すでにユリアに与えたつもりだった。
 しかし、それでも光の女神に変化がないというならば、命を削る覚悟でチャージを続けるしかない。
 搾りカスのようなエネルギーを、6本の手に凝縮させていく。まだ意外に残ってるものだ、とも、たったこれだけ、とも思える量だった。
 
「ナメるなよ・・・シヴァアアアッッ・・・ッ!!!」

 ドボオオオオオオッッッ!!!
 
 悲劇は、一瞬で訪れた。
 怨嗟の声が耳元で囁いた瞬間、シヴァの中央を白い槍腕が貫いた。
 
 ゴブウッッ!! 粘ついた吐血が、口を割って噴き出す。
 背中から胸のど真ん中へとかけて、象牙のごとき杭が突き抜けていた。ブシュブシュと鮮血が、滝のように弧を描いて落ちていく。
 
「ゲブッッ・・・オオ゛オ゛ッ・・・ゴボオオッ・・・!!」

「まずはてめえでいいッ・・・鬼殺しの前にッ・・・誰でもいいッ、肉も内臓も細切れにバラすッッ・・・!!」

 屈辱にまみれた凶獣は、憎悪発散のために殺人を欲していた。
 完全に失神した状態から、この短期間で覚醒するなんて。シヴァは己のミスを悟った。ギャンジョーの言葉通り、凶獣のタフネスを侮ったのかもしれない。
 背後の疵面獣に攻撃を仕掛けるべく、6本の腕が緩慢に動く。指先から斬糸が、煌きを放つ。
 
 ギュイイイイ―――ッッンンン!!!
 
「ウギャアアアアアアッッ―――ッッ!!! ひぎゅイイッッ、ハギャアアッッ~~~ッッ!!!」

 妖糸がギャンジョーに届くより先に、腕の杭が回転し、内臓を削った。
 細かい血の霧雨が、武道館周辺に降り注ぐ。
 
「このまま、内臓を削って徐々に穴を広げるか。裏切り者の処刑は、残酷に限るぜェェッ・・・!!」

 槍腕の回転が止まる。殺しの時間を長引かせ、シヴァの苦悶を楽しもうとするのは明らかだった。
 
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!! ギギッ・・・うぎいいッ~~ッ!!!」

「いい悲鳴だああアッッ~~ッ、シヴァアアッ・・・てめえのような高慢なオンナをバラすのは・・・いつでも気持ちいいぜえェェッ・・・!!」

 ドシュウウウッッ!!!
 
 もう一本の槍腕が、背後からシヴァの両乳房を左から右に串刺した。
 
「はぎゅふハアアッッ!!? ギイィヤアアアアッッ~~~ッッ!!!」

「貫き甲斐のある肉だッ・・・安心しろや、赤鬼もすぐ地獄に送ってやらあッッ・・・」

 叫ぶシヴァに構わず、乳房から引き抜いた兇器の槍を、今度は脇腹に貫き通す。
 ブジュッ!! と内部で何かが潰れ、蜘蛛妖女の下半身は鮮血の網で包まれた。
 ビクビクと痙攣する、見事なプロポーション。芳醇薫る妖艶なボディが、殺人鬼の手により破壊されていく。
 右側についた3本の腕。一番上の、指が5本揃った「本物の」腕に、凶獣の牙が噛み付く。
 
 ブチブチッ・・・メチィッ!! メリメリッ・・・ブチイイイッッ!!!
 
 元々折れていたシヴァの右腕を、ギャンジョーの牙は、二の腕から食い千切った。
 
「ぎゃふッッ!! ギュアアアア・ア・アッ・・・ガアアアッッ――ッッ!!!」

 胸中央を貫かれたままの処刑劇に、女教師の変身態は、無惨に叫び続けた。
 
「まだ生きてるなァ!? 簡単にくたばんじゃねえぞォッ、オレ様の怒りを冷ますには、まだ叫び足らねえッ!!」

「グブッ!! ・・・ゴフッッ・・・ふッ・・・ふ、フフフ・・・」

 喘ぐシヴァの声が、奇妙に歪み始めたのは、その時だった。
 
「う、ふふふ・・・や、やっぱ・・・り・・・わ、私ィ・・・は・・・天才・・・ね・・・」

「ァア? メッタ刺しにされた苦痛で、気が触れたかッ、オイ!?」

 胸中央を貫く槍腕を、凶獣はさらに深く押し込んだ。
 ドブッ、と血の塊がこぼれでる。背後から串刺しにされた蜘蛛妖女は、全身を朱に濡らしたまま、それでも笑い続けた。
 
「・・・・・・あと・・・は・・・頼むわ、よ・・・・・・ファントム・・・ガール・・・ユリアッ!!」

 パシッ!!
 
 乾いた音色と同時に、シヴァを貫く槍の腕を、何者かが握り掴む。
 
「・・・あなたが・・・私を?」

 ―――少女の声は、つい今しがたまで、死に包まれていたとは思えぬ涼やかさであった。
 
 スレンダーな銀色の肢体に、鮮やかな黄色の模様。緑色の髪は、襟足でふたつに縛ったおさげ髪。
 胸のクリスタルに光を灯し、立ち上がったユリアの問い掛けに、シヴァは妖艶な笑みを見せた。
 
「・・・構わない、わ・・・このまま・・・投げて!」

「ッッ!! てめえッ・・・生き返ったのかッッ!!」

 笑うシヴァと、驚愕のギャンジョー。
 対照的なふたつの顔は、同時に宙を舞い、ぐるりと回転した。
 
「ファントムガール・ユリア・・・参りますッ!!」

 想気流柔術奥義・青嵐。
 息を吹き返したスレンダーな武道天使は、シヴァの身体もろとも、ギャンジョーの巨体を投げ捨てた。
 脳天から墜落する地響きが、かつてユリアが処刑された公園に轟いた―――。
 
 
 
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| ファントムガール | 02:56 | トラックバック:1コメント:7
コメント
キリがいいところまで・・・と書いていたら、けっこうな文章量になっちゃいました。最低でもここまで書いておかないとダメだろうと・・・

これから12月に向けて忙しくなるので、なんとかここで更新できてよかったです。
師走は毎年、なかなか時間が取れないのですが・・・年内にもう一回は更新する予定です。

うーん、結局今年も完結できなかったか・・・(-_-;)
来年こそは完結、といきたいですね。
2012.11.17 Sat 03:02 | URL | 草宗
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2012.11.17 Sat 08:44 | |
最終決戦に向けて着々と進んでいますね。
東京タワー串刺しにされたファントムガールの復活には大きな壁があるのでしょうけれど、どのように崩していくのか楽しみにしています。

復活したユリアの立ち位置もどうなっていくのか興味津々です。第一の戦力として立ち向かっていくのか、仲間を復活させる役目を背負うのでしょうか?余計とは思いつつ、ついつい考えてしまうのですが、個人的には夕子復活に絡むエピソードが見たいなと…そして夕子はナナを……いやいや…

次回更新お待ちしています。
2012.11.17 Sat 09:08 | URL | KataNa
復活したユリアの運命はどうなるんでしょう。結末が気になります。
それはそうと、この間、メフェレスとゲドゥーは何をやっていたんでしょう(-_-;)?すぐ近くにいるはずでしたよね(^。^;)?
2012.11.17 Sat 16:32 | URL | ryu
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2012.11.18 Sun 01:05 | |
>コメントくださった方
ご指摘ありがとうございます(^^ゞ
実はお二方から教えていただきまして・・・w いや、お恥ずかしい限りですw
ご推察の通り、もうひとつの作品の影響ですね(*^_^*)

>Katanaさま
復活はもともとが力業ですからねえ・・・(^^ゞ
少々強引なところも出てくるかもしれませんが、笑って許してもらえれば幸いですw

ユリアもそうですが、今後どのようにキャラが動くかは、ほとんどラストまで決まっています。
かなりややこしい・・・と思うので、ちゃんと伝えきれるか、今からドキドキしてますが・・・w

ひとつひとつを丁寧に書いていたら、3話分くらいになるんじゃないか? という濃度で、今後は進むかと思いますが、テンポよく、かつ複雑になりすぎないよう、頑張りたいですね。

>ryuさま
ファントムガールがずっと出ていなかったのでw、ラストなんとか出そうと思って、長くなりました(^^ゞ

メフェレス&ゲドゥーは近くとはいえ、ちょっと離れた位置でして・・・w
彼らがなにをしていたか? は次回以降でよろしくお願いしますw
2012.11.18 Sun 01:22 | URL | 草宗
>コメントくださった方
ヒロインは出てきませんがw、怪物同士の熱い闘いも書いてみたかったんですw 次は仰る通りの流れですね。

主人公の仲間になった途端に弱くなる、のはジャンプマンガにはよくありますが・・・(^^ゞ
こうした酷い扱いができるチャンスも、そんなにはありませんから、この機にとボロボロにさせてもらいました。

ダメージは残っているのですが、若干回復している、と脳内設定しています。
ただ髪はすっかり忘れてましたね・・・(-_-;)
復活の際に結び直した、と思っていただいてですね・・・

他の方からもご指摘いただいたので、早速直させていただきました(^^ゞ
元ネタがあの宇宙人を意志していたので、ついつい間違えちゃうのですw 仰るように、あちらでは使ってますしw
ありがとうございました。お恥ずかしい限りです・・・w
2012.11.18 Sun 01:30 | URL | 草宗
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