巨大変身ヒロインのオリジナル小説を書いている草宗の独り言をつぶやくブログです。

草宗の書斎

第十二話 東京黙示録 4章―6 | main | お詫びと作品感想を
第十二話 東京黙示録 4章―5
 
 舐めていた、つもりなどなかった。
 
 『エデン』の特質については、政府防衛省も生物科学斑も未だ理解できていないことが多い。実験データに流用できる被検体が圧倒的に少ないからだ。すでに『エデン』を体内に寄生させている5人の少女たちは、人類にとっては切り札ともいうべき貴重な戦力である以上、無闇に研究に駆り立てることが避けられていた。といって単体での『エデン』は通称『第六エデン』と呼ばれるもの、ただひとつしかないのだ。
 こと『エデン』の研究においては、数多くのサンプルを保持するメフェレスらに大きく水を開けられている。それが政府側研究者の、口には出さない共通の懸念であった。天才生物学者である片倉響子が中途脱退したとはいえ、それまでに彼女が闇側に提供した数々の『エデン』情報は、きっと相当な脅威となって立ちはだかることだろう。
 
 品川水族館に潜入する、選ばれし特殊国家保安部隊の戦士たち。御庭番衆の血を強く受け継ぐ彼らの脳裏には、その認識は徹底して叩き込まれていたはずだった。敵は普通ではない、と。『エデン』を宿した者は、怪物と呼ぶに相応しい戦力を備えているのだ、と。
 人類の存亡を賭け、悪魔の巣食う水族館に突入した28名の隊員。その全てが相楽魅紀と同等以上のレベルを誇る実力者ばかり。対するは『エデン』を宿した7人の闇の守兵ども。
 4倍の兵力差に慢心などなかった。
 ただ、単純に、『エデン』の守兵の戦闘力は、御庭番衆の子孫の能力を圧倒的に凌駕していた。それだけの、ことだった。『エデン』の奪還を目指して飛び込んだ忍びの末裔の血が、時間の経つごとに、修羅場と化した薄暗い水族館の内部に流れていく。
 
「コソコソ隠れてないで、出て来い」

 くぐもった低い声が濃厚な血臭漂う空間に響く。死角となった水槽の陰に潜んだ漆黒のレンジャー服の男、坂本勇樹一尉は、声に逆らうように気配を押し殺した。
 そっと様子を窺う視線の先に、『エデン』の能力を得た敵がいる。
 口元が赤い血糊で濡れている。坂本以外の同志3名は、すでにこの男のよって亡き者にされていた。
 180cmはあろう恰幅のいいガタイに、鋭い眼光。突き出した下顎に生え並んだ牙を見れば、このコンゴウという敵がサメのキメラ・ミュータントであることは確信できた。元警察官僚だったというこの男の周囲では、やたらと多く容疑者が不慮の事故で亡くなっているため、当時からある種の疑惑が警察組織内でも噂されていたのは情報として入っている。
 
 “人食いコンゴウ”
 
 人間を食べる快感に目覚めたという、戦慄すべき噂。特殊国家保安部隊として数々の異様なケースに対処してきたが、現役警察官僚がひととして忌むべき所業を好むなど、信じがたい話であった。だが、いまやその噂が真実であったことは、目前の光景が証明していた。
 
 仲間であった隊員の右腕が、ムシャムシャと黄色い牙に噛み砕かれている。
 自分以外、3人の同朋たちは切り裂かれた肉片と化して、冷たいフロアに散らばっていた。コンゴウは生き残った自分を探しながら、彼にとってご馳走である“ひとの肉”を拾いながら貪っている。
 
「自衛隊の一部に忍者の血を引く連中がいるという話は聞いていたが・・・まさかこんな形でやりあえるとはな。何をしても無駄だということは悟っただろう? 諦めてキレイな死に際を飾ったらどうだ、野ネズミ?」

 思わず歯軋りしそうになるのを、坂本は懸命に抑えた。
 防衛省内でも最上級にあたるトップ・シークレット、ファントムガールの正体である少女のひとりに、坂本は会ったことがある。会ったといっても、警護として陰から見守っていただけだ。人工的に造られた肉体を持つ少女は、定期点検のメンテのために三星重工の研究室に現れた。鮮やかな赤い髪のツインテールが印象的な、美しい少女であった。
 霧澤夕子という名前のその少女は、普段はどこにでもいる普通の少女、そのままだった。
 『エデン』により飛躍的に戦闘能力が引き上げられてると聞いても、例えば拳銃に撃たれれば無傷で済むとは到底思えなかった。刃物で傷つけられれば、赤い血が当然流れ出るだろう。サイボーグという特殊な存在である少女にしても、『エデン』持ちだからといって手も足もでないほどの差は感じ得なかった。
 
 だが、このコンゴウは違う。違っていた。
 仲間のひとりはマシンガンでの一斉掃射を浴びせた。弾丸は紛れもなく何十発とゴツい肉体に着弾した。坂本の知る『エデン』の寄生者ならば、全身に穴を開けて肉片となって吹き飛んでいたはずだ。
 コンゴウに銃弾は通じなかった。
 全ての弾を受けきって、サメのキメラ・ミュータントは平然と笑ってみせた。効かないのだ。信じられない話だが、このコンゴウはマシンガンの弾丸を跳ね返す肉体を持っていた。
 
「“鮫肌”ってのはよく言ったもんだよなァ」

 まるで坂本の心の声を聞いたように、コンゴウがひとり語りだす。
 
「オレたちが久慈様から授かった『エデン』は特別でな。巨大化してもたいした力はない代わりに、通常時の戦闘力を格段に高めることができる。オレならば、サメの力をこの姿のまま発揮できるってわけだ。そら、よく見てみるがいい。まるで鋼鉄のヤスリで覆われているようだろ?」

 茶化した口調で挑発しながら、掲げた右腕を照明にかざす。コンゴウの皮膚は鎖かたびらでも着込んだように、ギラギラと反射した。
 やはりそうか。坂本は心の内でひとり納得した。
 政府が解明していない『エデン』の使用法を、すでに敵側は応用している。人間体のまま、極限まで『エデン』の能力を引き出した兵士。それがこの品川水族館の守兵たちなのだろう。いくら御庭番の末裔といえ、太刀打ちできないのは無理からぬ話であった。
 
「そうとわかれば話は早いぜ」

「ほう。本当にノコノコでてくるとは思わなかったぞ」

 ギラリと眼光を輝かせるコンゴウの前に、坂本は物陰から飛び出していた。
 
「お前の強さの正体はちゃんと聞かせてもらったぞ、“人食いコンゴウ”。タネも仕掛けもないとわかれば、正面から挑むしかないだろ?」

「どうせ死ぬなら真っ向勝負か。いい心掛けだな、若造。だが勝てないとわかっている相手に挑むのは、単なるバカとも言えるぞ」

「お前らの仲間に殺された相楽魅紀は、オレのフィアンセだった」

 構えたマシンガンの銃口を、坂本はサメのキメラ・ミュータントへ向けた。
 
「任務とは離れた部分で、オレはお前らに貸しがある」

 マシンガンが火を噴く。銃声の連なりが水槽の壁をビリビリと震わせた。
 何発もの弾丸がサメ怪人に着弾し、跳ね返される。数分前に見たのと違わぬ、悪夢のような光景が再び坂本の眼前で繰り返された。
 
「オモチャは通用しないというのが、まだわかってないようだ」

 コンゴウが動く。力を込めたと見えた瞬間、その恰幅のいい巨躯は坂本との間を一気に詰めていた。
 圧倒的なまでの速さ。
 これが、『エデン』を授かった魔物の力なのか。
 
「恋人を殺された男の肉か。哀しみの味はさて、いかがなものか」

 サメ怪人が右腕を振る。フックというより、斧を横薙ぎに払ったような一撃。
 ザクンッッ!!と軽やかな音を残して、マシンガンを構えたレンジャー服の首から上が、キレイな断面を見せて消えていた。
 
「ムッ?!」

 軽い。
 あるはずの手応えがないことで、コンゴウは瞬時に全てを理解した。変わり身の術、か。いつの間にか本体と入れ代わっていた人形の姿を認めながら、元警察官僚の男は反射的に振り返る。
 
 天井から逆さにぶら下がった坂本がいた。
 右手に握った、サバイバルナイフ。日本刀の鋭さと鉈の重さを併せ持った現代の忍刀を、御庭番の末裔はサメ怪人の顔面に突き刺した。
 これなら、どうだ?! 銃弾が効かぬ敵に、考え得る最大の攻撃。だが――。
 
 バキィィィッッッ・・・ンンンンッッ!!!
 
 迎え撃ったサメの顎に生え揃った歯は、特殊金属製のサバイバルナイフを一瞬にして噛み砕いていた。
 
「なッッ?!!」

 驚愕の叫びをあげる坂本の瞳に、迫るジョーズの顎が映る。
 バクンッッ!!という噛み付きの音が響き、コンゴウの鋭い牙は若き兵士の右腕に食いついていた。
 
「グアアアアアッッッ―――ッッ!!!」

 ブチブチブチブチッッ!!!
 
 絶叫をあげながら坂本は大きく跳び退る。右腕を残して。死を避けるためには、腕を犠牲にするしかなかった。サメに食い千切られた二の腕が、ビリビリに破れた無惨な切り口を露呈する。
 
「フハハハッッ!! さすがに鍛えられた若い肉はうまいな! 相楽魅紀とかいう女の肉も、是非ご相伴に預かりたいものだ!」

 己の腕がムシャムシャと咀嚼される光景を、坂本は無言で眺めていた。プシュプシュと噴き出る鮮血の音色のみが若き兵士の放つ全てだった。
 動かない。いや、動けなかった。激しい失血と打つ手のない現実。そして確実に迫る最期の時。
 任務を果たせぬ不甲斐なさに混じって、結婚を約束していた女のもとへ旅立てる喜びが、かすかに男の胸に浮かぶ。
 
「貴様らが何人がかりで来ようと、この先には行けん。『エデン』のもとにはなァ」

 骨だけになった右腕をサメ怪人が投げ捨てる。今宵は豪勢な食卓であった。生きのいい新鮮な肉を、まだたっぷりと堪能することができるのだ。
 獲物の若者は応急処置で右腕の出血を止めたようだった。だが、さほどの意味がないことは互いにすでに理解している。次の一撃で、この勝負には決着がつくのだから。
 コンゴウが大きく顎を開く。上下に生えた凶暴な牙の連なり。せめて、頭からひと砕きにしてくれる。慈悲とも悪意ともとれるメッセージを、坂本はただ受け入れるしかなかった。
 
 動く。サメのミュータントが。巨大な口を開き、一直線に動けぬ兵士に突っ込んでいく。
 
「うぬは随分と穢れておるようだ」

 突如、湧き上がった声にコンゴウの動きは止まっていた。
 眼前に男がいる。いつの間に?! 黒の忍び装束に、黒の頭巾。若者の仲間であることは疑いようがないが、覗き込む鷹のごとき眼光が、圧倒的強者の威厳を備えている。
 
 危険だ。この男は、危険すぎる。
 
 動物的本能が囁く声に促され、サメの牙は瞬時にして標的を目前の黒装束に変えていた。
 ズボオオオッッッ!!
 呑み込む。黒装束の左の肩口まで一息に。鷹の眼光を持つ男の左腕は、丸ごとサメ怪人に飲み込まれていた。
 
「“鮫肌”といえど、臓腑の内部までは覆ってはおるまいて」

 ブスリと肉を貫く音色が響き、コンゴウの背中から銀色に光る刃が突き出ていた。
 ブツブツと刃が徐々に上がっていく。男がサメの口から腕を引き抜く動作にあわせて。
 腹腔に大量の血が流れていくのを自覚しながら、コンゴウは悟っていた。黒装束の男が、わざと左腕を飲み込ませたのを。いや正確には飲み込ませたのではない。自らサメの口に腕を突き入れたのだ。柔らかな内臓から肉を切り裂くために。
 
 ズバアアアッッッ!!!
 
 頭頂までを一気に切り裂かれたサメのミュータントが真っ二つに割れていく。
 飛沫となった返り血を浴びながら、現御庭番衆当主・五十嵐玄道は、顔色ひとつ変えることなく佇んでいた。
 
「げ、玄道さま・・・」

「腕を一本失ったか、勇樹よ」

「はい」

「その顔はまるで、死に場所を無くしたとでも嘆いておるようじゃな」

「はい」

「我らの肉一片、血一滴たりともこの国に捧げるものぞ。無駄死には我が許さぬ。たとえうぬを愛する者が、黄泉にて待っていようともだ」

「わかっています」

「これより『エデン』の奪取に向かう。これ以上の犠牲を生まぬためにも、一刻も早く使命を果たさねばならぬ」

 鋭い鷹の眼光を、玄道は遥か前方に飛ばしていた。
 品川水族館名物、トンネル水槽の入り口。
 ぐるり360度を水槽で囲まれた海底のトンネル。エイやウミガメなど巨大な生物も泳ぐこの水槽内に『エデン』の群れもまた浮遊していた。人類の存亡を賭けた聖戦の鍵を握る宇宙生物は、あと少しで手の届く距離にある。
 
 あとはただ、最大の障壁である魔人を乗り越えさえすれば。
 
「貴様が里美の父、五十嵐玄道か。娘の前に父を殺すも一興」

 声が響く。美しいと表現してもなんら問題のない、妥当と思えるような声であった。
 だが。
 男の声を聴き、その姿を見た瞬間、坂本の魂は悪魔に握り潰されたように硬直した。
 死ぬ。この男と立ち会えば、己は確実に死ぬ。それも報われることのない、残酷な死に様で。

 漆黒のシャツにスラックス。端整な容貌は死人のように青白く、戦慄するほど冷たい眼光をたたえた男が、日本刀を携えて立っている。
 この男が魔人メフェレス。久慈仁紀か。
 配下であるコンゴウの死を平然と見送った悪の首領は、待ちかねたように忍び装束の玄道を見詰めた。
 
「思ったよりもここに来るまで時間がかかったな。おかげで『エデン』を奪われる前に間に合ったが」

「だが、あとはうぬを屠れば『エデン』は我らが手に落ちる。始末をつけさせてもらおうぞ」

「ククク・・・では始める前に、面白い情報をひとつ、貴様に教えてやろう」

 ニヤリと久慈は端整なマスクを歪めてみせた。
 これほど下卑た表情があろうか、というほど醜い笑いであった。
 
「ファントムガール・サトミはすでに敗れた! もはや貴様らの希望は潰えておるわ!」



 菱形の頭部がグラリと揺れる。漆黒の縄で編んだような肉体を白のプロテクターで包んだ凶魔・ゲドゥー。
 銀と紫の女神、ファントムガール・サトミの一撃を受けた最凶の悪魔が、九段下のビル群に倒れていく。ナナを圧倒し、サクラを処刑したかつてない強大な侵略者は、地響きとともに立ち昇る土塵のなかに沈んでいった。
 やむなき状況とはいえ、戦闘に巻き込み建造物を破壊してしまうのは、心痛めるのが常だ。だが今のサトミにはそんなわずかな悔やみすら、思い浮かべる隙はなかった。胸いっぱいに広がる感情は、怒り。ただ一色。無法とも言えるやり方で、“一般人”の工藤吼介を排除した二匹の凶魔を前に、抑え込んできた紅蓮の炎はもはや静まることがなかった。
 
 相楽魅紀を、ファントムガール・サクラを、ファントムガール・アリスを惨殺された。
 そして今また、美女神の生涯に深く関わってきた男が、瓦礫の山のなかへ消息を絶った。
 許せない。もう、感情を抑えられない。
 憎しみと怒り。正義のヒロインに似つかわしくない激情を全開にして、銀と紫の女神が昏倒したひとつ眼の凶魔に襲い掛かる。
 
「ああッッ!!・・・あああァッッ!!・・・ウアアアアッッ―――ッッ!!!」

 ドゴッッ!! ゴスッッ!! ドゴゴゴゴゴッッッ!!!
 
 連打。菱形の頭に次々と打ち込まれるファントム・クラブ。洗練された打撃とは程遠い、幼児がダダをこねるような遮二無二の殴打。
 悪魔そのもののような白と黒の凶魔に馬乗りになった女神が、光の棍棒で滅多打ちにする光景。明らかな違和を覚える情景ではあっても、正義の使者が優勢である事実に嘘はない。次々に光の守護天使たちを圧倒的な実力で葬ってきたゲドゥーが一方的に攻められる姿など、誰が予見し得ただろうか。
 
 スッ・・・
 
 影が寄る。サトミの背後に。
 茶褐色の肉体に疵だらけの凶相。殺しを快楽とする暗殺者は、巨躯に似合わぬスピードと気配を根絶した移動術の持ち主であった。一切の音をたてずにくノ一戦士の背中を取ったギャンジョーが、象牙を思わす腕槍をサトミの心臓に狙いを定めて突き出す。
 
 ガキィイッッ・・・ンンッッ!! 硬質の音を放ち、凶器の腕は聖なるクラブに受け止められていた。
 後ろ向きのまま、両腕を背中に回したサトミのクラブが、十字になって極太槍の突撃を防いでいる。見えていたのか?! 予想していたのか?! 無謀に見える一方で、冷静な判断を欠かしていない守護女神の底力を、スカーフェイスの凶獣は思い知った。
 
 跳ぶ。スレンダーな紫の女神が。ギャンジョーの放った凶槍を支えにして。
 一瞬、槍腕の上に交差したクラブを使って逆立ちしたようなサトミは、すぐに落下の勢いを利して、直下降の膝蹴りを凶獣の疵面に叩き込む。
 
 グシャリッッ!!! 確かに顔面に膝がめり込む感触が、怒れる天使に伝わってくる。
 サトミの全体重が真上から顔面に落とされたのだ。首や脳にダメージの残らぬわけがない。少なくとも数秒は脳震盪を起こして満足に動けぬはず――
 そんな都合のいい予想を、サトミはしなかった。
 膝を引き抜き、背後へと跳ぶ。忍びならではの、俊敏な動き。
 ゴオオッッ!!と風を引き裂いて、銀色の美貌の鼻先を尖った腕がかすめ過ぎる。数瞬でも退却が遅れていたら、女神の肢体は串刺しにされていただろう。
 
「調子にッ・・・乗んじゃねえッッ!! クソアマがァッッ!!」

 連続のバク転で距離を取るサトミ。だが仕切りなおしの猶予を、ギャンジョーは与えなかった。
 追う。回転する女神を。
 一気に間を詰めた疵面の凶獣は、回転を止め、構えを取ったサトミの鼻先にまで迫っていた。
 
「くッッ!!」

 視界の隅で、玲瓏たる切れ長の瞳はギャンジョーの左腕がゴワゴワと変形するのを捉えていた。知っている。あの二本の腕が、様々な凶器に変形することを。象牙にも似た極太の槍腕は、スカーフェイス愛用の匕首が巨大変形化したものであり、他の武器にも取って代わることができる。ファントムガール・アリスが散々苦しめられた、ギャンジョーの異能力。腕の変化は危険の合図だ。
 先手必勝。右腕のクラブを美麗の女神が振る。左腕の変形が完成するより前に――。
 間に合わなかった。凶腕の変形はサトミの予想を遥かに上回る速度で進んだ。いや、なによりも、クラブを打たせること自体が、ギャンジョーの誘いであったと美天使は悟る。
 
 凶獣の左腕は極太の槍から、栗やウニを連想させる、尖った突起だらけの鉄球へと変わっていた。
 一目で判断できる、粉砕専用の凶器。
 ファントム・クラブを正面から迎撃した棘付き鉄球は、聖なる棍棒をガラスのように微塵に砕いていた。
 
 ボッッッ!!
 砲撃を放ったような擦過音は、クラブの破砕音に混ざってごく至近距離から届いてきた。
 必殺の腕槍の一撃。パワー、スピード、殺意。全てが最大ランクの、戦慄の凶撃。
 ギャンジョーが全力で放つ刺突は、ファントムガール・アリスが『臨死眼』を得て初めて避けることができたシロモノであった。
 
 ガッキィィィ・・・・・・ンンンンッッッ!!!
 
 最凶を冠する殺し屋ヤクザの疵面が、刹那の瞬間引き攣った。
 受け止めていた。必殺の腕槍が防がれていた。フォース・シールド。ファントムガールが操る光の盾。守護天使が発揮する持ち技のなかでは、ごくごく基本となっているもの。サトミが発動したところで、もちろんなんら驚くことはない。
 驚愕すべきは、その形状。
 小さい。ギャンジョーが知っているフォース・シールドと比べて、今サトミが造り出した聖なる盾は、掌サイズの小ささであり、その分厚みが何倍もあった。
 凶撃の威力に備えて、瞬時に改良バージョンを生み出したというのか。
 その格闘センス。アリスが死と引き換えにしか見切れなかった超速の突きを、極小の盾で受ける戦闘能力。己の武器を破砕された動揺を引きずらぬ精神力。
 
 これが、麗しき守護天使のリーダー。ファントムガール・サトミか。
 
「ハアッ! ハアッ! ハアッ! ハアッ!!」

 喘ぐような美女神の荒れた息遣いが、凶獣の耳朶を叩き、意識を現実へと連れ戻す。
 奇跡と言ってよかった。幼少より忍びの修練に明け暮れた五十嵐里美にしたところで、ギャンジョー渾身の一撃を完全に見切れたわけではない。ただ直感めいたものが、半ば無意識に身を動かし惨撃から守ってくれたのだ。同じような成功が何度も重なる自信などなかった。
 だが、動揺を見せた疵面の凶獣が、わずかといえども動きを硬直させた僥倖が、先の展開を左右した。
 
 ガバリッッとスカーフェイスが牙の揃った口を開く。
 この小娘はッ・・・サトミは疲弊し切っている。攻撃を避けつつも、無形のギャンジョーの圧力に逼迫している。だからこその荒い息。激しく上下する丸い肩。
 “弩轟”ッッッ・・・・・・この距離で放てば、守護天使は終わる。
 状況の正確な把握から、確実に死に至らしめる手段まで。
 知能において愚鈍に映るギャンジョーだが、戦地における思考は明らかに秀英であった。己が成すべき行動を導き出すまでの時間は、まばたき数回するまでもないごくわずかな間。
 
 それでも。
 金色のストレートをなびかせる戦女神は、凶獣の上を行っていた。
 疵面獣の白濁した眼に映るもの。それは、己の口先に当てられた、紫のグローブに包まれた掌であった。
 
「ハンド・スラッシュ!!」

 光の手裏剣がスカーフェイスに打ち込まれる。連続の射出で。火花。煙。爆音。飛び散る鮮血。
 絶叫とともにグラグラと後退する凶獣。効いたか?! いや、着弾の間際に口が閉じられるのをサトミは認めていた。耐える。きっと耐え切る。この怪獣にはこの程度では通用しない。一気に追撃を。勝負手を打つのは今この時ッ!!
 
「ファントム・リボンッッ!!」

 銀の女神の右手から、光の奔流が輝き溢れたと見えた瞬間、白い帯は生きた蛇神のごとく褐色の凶獣に絡みついた。
 邪悪を滅ぼす聖なる光で編まれたファントム・リボン。締め付けられた闇の肉塊が、帯に触れた部分からシュウシュウと黒煙をあげて焼け爛れる。頭部から足首まで、白光の渦は幾重にも幾重にも、隙間なく凶獣の巨躯に巻きついていく。
 
「ウゴォッッ!!・・・グウッッ・・・ウグググオオオッッ―――ッッッ!!!」

「ハアッッ!! ハアッッ!! ハアッッ!! ギャンジョーッッ!!! 過去の全ての罪を償う時よッッ!!」

 右手から伸びた聖なる帯を、幽玄なる美麗天使が強く握る。白い光が輝きを増す。
 闇の眷属に全身から光のエネルギーを注ぎ込む、サトミ最大の必殺技のひとつ“キャプチャー・エンド”。令嬢戦士に残った全ての破邪の光を捧げば、頑強を誇るギャンジョーといえど、無事で済むはずはない。
 
 イケる。勝てる。
 魅紀の仇を。
 アリスの仇を。
 無惨に散った友の命に、今こそ報いてみせる―――。
 
「勝ったつもりか? ファントムガール・サトミ」

 全身の血が、凍結したかのようだった。
 周囲の闇が震えている。怯えの感情。真の闇が、本当の恐怖が夜の世界すら呑み込もうとしているのか。
 悪意が迫る。足元から這い上がり、脊髄に絡みついていく。駆け登る戦慄に、聖女神は思わず歯を鳴らしそうになった。ズブズブと憎悪の念が肉体を侵食していくのを、サトミは自覚した。なんという、圧倒的恐怖。突如現れた一匹の悪魔が、勝利を目前に控えたはずの守護天使に凍えるような死の息吹を吹きかけてくる。
 
 立っていた。白き亡霊のごとく。
 ゲドゥー。“最凶の右手”を持つ凶魔。
 菱形の尖った顎先から、ボトボトと鮮血が垂れ落ちている。クラブでの連続殴打によるダメージであるのは確かだった。凶魔の血も赤いことが、やけに不自然なものに見える。
 
「やってみろ」

 無表情なひとつ眼のマスクが低く呟く。
 荒い呼吸を吐き出し続けるサトミは、ただ両肩を上下させるのみであった。
 
「やってみるがいい、サトミ。お前はもう、終わりだ」


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| ファントムガール | 00:12 | トラックバック:0コメント:4
コメント
時間が掛かりましたがなんとか更新できました。
前半は筆がなかなか進まず、後半はスイスイでしたw 理由は内容を読めばわかっていただけるかと思いますがw

長編を書いているとどうしても、書くのに苦労する部分がでてきますが、なんとかクリアできてホッとしていますw
読んでくださる方々も面白みに欠けるとは思いますが…よろしくお願いしますw
2010.04.20 Tue 00:17 | URL | 草宗
久し振りの更新、楽しませて頂きました♪
面白味に欠けるなんてトンデモない。場面展開の大事なトコロですし、まさか里美がココまで健闘するとは正直予想外でした。
しかし次回辺りで快進撃も止まりそうな雰囲気ですね♪♪
連休までに拝見出来るかな?
(軽くプレッシャー?)
楽しみにしてま~す♪♪♪
2010.04.20 Tue 01:41 | URL | TJ
こんばんは。
お疲れ様です。^^

一気に読ませていただきました。
砂漠で遭難して救出後に水を差し出された水を一気に飲む時のように。
(生まれて一度も遭難したことないですが^^;)


【水族館の場面について】

また期待のコンゴウが変身前に、やられてしまった><
水族館のミュータントは対人戦用ミュータントって事だったんですね。
それにしても久慈側かなり『エデン』のことを熟知しいるようですね。

ご苦労なさったのに
薄っぺらいコメントで、すみませんm--m


【サトミの場面について】

前回の内容から、帰ってきたウルトラマンの「ウルトラマン夕日に死す」の流れで大切な人を目前で殺されて動揺してしまい本来のポテンシャルを活かせず倒されるんだと想像してました。

打たれ弱そうなゲドゥーから攻めてギャンジョーをあと一歩まで追い詰めた戦闘センスは。

さすがファントムガール・サトミですね♪

もうちょっと、だったのに惜しかったなーー><

次回を読めば、解る話なんですが。
ゲドゥーの意味深な台詞が気になります。
2010.04.20 Tue 02:31 | URL | にゃーご
>TJさま
ありがとうございますw 本当はバトルシーンなどお楽しみの場面だけ書けれたら筆も進むんでしょうが…(^^ゞ どうしても外せない場面も楽しんで読んでもらえれば本当に有難いですねw

久しぶりの登場ですから、サトミも奮闘しているのではないでしょうかw
続きは連休までに…といってもあと何日もないですね(^^ゞ 目標にして頑張りますw

>にゃーごさま
ありがとうございますw そこまで貪っていただければ、作者冥利に尽きますw

仰る通り、水族館配置の守兵たちは対人戦用で、そのため変身する前に退場になりましたw
本来ならもっと掘り下げて活躍の場面を作るべきだったのかもしれませんが、作者の都合でwこんな扱いになっちゃいました…
まあ久慈にとっては元々この程度の扱いだったということでご容赦くださいm(__)m

状況的にはサトミはまさに「ウルトラマン夕日に死す」の場面と同じですが、郷隊員よりも精神力が強いようでw、いざとなったら十分闘えてしまいました(^O^)

もちろん闘いはまだまだこれからではありますが…次回までまたしばしお待ちくださいw
2010.04.21 Wed 01:16 | URL | 草宗
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