巨大変身ヒロインのオリジナル小説を書いている草宗の独り言をつぶやくブログです。

草宗の書斎

第十二話 東京黙示録 1章―2

「ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・・・・」

 暗い闇の底であった。
 瞳を開けているのか、瞑っているのかすら定かではない。窒息しそうな濃密な闇が天から押し迫ってくる。黒。漆黒の綿菓子が少女の身を幾重にもグルグルと包み込んでいる。すぐそばに投げ出されているはずの手すら視界に映り込みはしない。そもそも今の己に腕が、指が、存在しているのかさえ疑わしかった。
 たぎる灼熱と疼く激痛。
 骨の髄までキリキリと絡みついてくる烈しき感覚だけがリアルであった。
 ドクドクと脈打つ鼓動は生あることを知らせると同時に、その都度うち震える肉体の損傷の酷さを教える。仮にどこの部分が欠けていようとも・・・おかしくはない。何十本もの竹槍に貫かれたかのごとき錯覚。その中央、胸の真ん中でどっかりと根を張った沸騰する極痛。ドロドロに溶けたマグマを、切り裂かれた胸の内部に注ぎ込まれているかのような。悲鳴すら満足にあげられぬ少女は、ただ地獄の苦しみの海を溺れ漂う。
 
 やがて少女は気付く。
 ずっと続く耳障りな息も絶え絶えの荒い吐息が、実は己の唇から洩れ出ていたという事実に。
 苦しげで、切なげで、今にも途絶えそうな。
 陰で冷淡と罵られようと他者に弱さを見せることを拒否してきた自分が、こんなにも憐憫に満ちた呻き声を垂れ流し続けているなんて。
 
「・・・フ・・・・・・」

 無様な己がやけに滑稽に思えて、霧澤夕子は真っ白な顔面をわずかに綻ばせた。
 さぞ、おかしいでしょうね。
 いつも済ましてる私が、子供みたいに泣いているんだもの。
 弱々しい自分の弱々しい声が、あまりにらしくなさすぎて、不意に夕子は可笑しくなってきた。
 
“・・・ざまあない、わね・・・・・・研究を優先するあまり・・・私は・・・・・・周囲に優しくなかった。・・・・・・こんな、ボロボロにされて・・・当然・・・・・・かもね・・・”

 ブルブルと震える指が、我が身を包んだ青いセーラー服の上辺を撫でる。
 じっとりと湿った感触と、鼻孔をつく磯の香り。ツインテールに結んだ赤髪から革製のローファーまで、制服姿の少女の全身は、東京湾の海で濡れそぼっていた。
 
“・・・指・・・動く・・・・・・感覚・・・戻って・・・きた・・・・・・”

 仄かな朝の雨空の光が部屋に挿し込んでいるのを、ようやく夕子の瞳は理解し始めようとしていた。漆黒に染め抜かれた瞳に、かすかに光が取り戻されていく。
 疵面の凶獣ギャンジョーとの、東京湾での死闘。
 死を覚悟した刹那、ファントムガール・アリスに開かれた新たなステージの扉。超高速で回転する脳が認識する光景は、通常の何分の一かで進むスローモーな世界であった。見切ることすら不可能だった腕槍の凶撃を、能力に覚醒したアリスは避け得る。反撃すら、成る。九死に一生を得て死地を脱したアリスは、霧澤夕子の姿に戻って九月の海に飛び込んだ。
 そのまま湾岸に泳ぎ着くのは危険であった。獲物を逃し怒り狂った疵面獣が、待ち構えるのは確実であった。他に仲間がいる可能性も十分に考えられる。
 逃げるなら、反対方向へ。
 港湾内の海を渡りきり、反対の岸辺へ。
 肉体の組成の半分がライブ・メタルと呼ばれる特殊金属でできた夕子にとって、水泳は決して得意ではない。まして続けざまの戦闘で受けた深いダメージ。変身解除に伴う、強制睡眠。
 それでも生き残るためには、少女は暗く冷たい九月の海を泳ぎきらねばならなかった。半失神状態で。襲い来る絶望と苦痛と虚無とを、際限なく振り払いながら。
 ボタボタと血と海水の入り混じった雫を垂らしながら、対岸に上陸した赤髪の美少女は、フラつく足取りで住民が避難済みの民家に飛び込んだのであった。
 
 東京湾埋立13号地北部――通称、お台場。
 黒船来襲に備える砲台の設置場所としたことからその名が由来され、民放テレビ局が移転したことやレインボーブリッジの建設などで有名となったこの地に、霧澤夕子は逃げ隠れていた。
 玄関先で倒れこみ、気を失ってから何時間が経ったのだろうか。
 繰り返す、蘇生と失神。燃えるような激痛に目を覚まし、押し潰されるような疲労感に意識が途絶える。もはや夢と現実の区別も定かではなかった。ただ、己が生き延びたらしいことだけはうっすらとわかる。とりあえず、死の淵から還ってきたことだけは確かなようであった。
 
「アァッ!・・・・・・んくふッ・・・ゥんッ・・・ッッ・・・」

 業火で焼かれるような全身の痛みが波のように襲ってくる。
 たまらず洩れる弱々しい呻き声を聞きながら、夕子は己の肉体がいかなる惨状にあるかを確認していた。
 ファントムガールに変身時の負傷は人間体に戻れば何十分の一かに軽減される。夕子自身が何度も経験してきた事実だ。だからこそ、通常ならば死を免れないダメージを負っても守護天使は生き永らえてきた。
 クトル、ヒドラ、そしてギャンジョー・・・今回の連戦による肉体の損傷は、『エデン』の力を持ってしても回復できないほどに深刻なものであった。
 セーラー服を縦横に走る破れ目と、その間から覗くミミズ腫れの素肌。マスクを破壊されたサイボーグ少女の左眼は、機械でできた赤いレンズを剥き出しにしていた。血の滲む右脇腹の肋骨は、数本は完全に折れているだろう。顎や背骨、その他人工骨格に入ったヒビや亀裂は数知れず。塞ぎかかってはいるものの、右乳房と腹部には明らかな刃傷が白い乙女の皮膚を抉って窪んでいる。
 見るからに痛々しい悲愴な姿。しかし、夕子を瀕死に至らしめる決定的な負傷は目に見えない部分にあった。
 
“・・・我・・・ながら・・・・・・ひどい・・・やられよう、ね・・・・・・”

 最も重大なダメージに夕子は気付いていた。
 胸に仕込んだ自爆装置を引き剥がされた時。ドリルと化したギャンジョーの槍腕で、サイボーグ少女の胸内部はズタズタに破壊されてしまっていた。
 生身の肉体としての損傷はもちろん、パーツをもぎ取られ、配線を引き裂かれた機械部分は、絶望的なまでに修復不能であった。『エデン』は肉体を回復させてくれるが、壊れた機材を修理する能力などない。サイボーグの故障を直すには人間の手が必要であった。だが、お台場の民家に現代最高レベルの機械設備などあるわけもなく、そしてなにより第一に――。
 
“・・・私では・・・直せ・・・ない・・・・・・あのひとで・・・・・・なければ・・・・・・”

 世界唯一の傑作サイボーグ・霧澤夕子をメンテナンス可能なのは、その父有栖川邦彦ただひとり。
 
“・・・皮肉、ね・・・こんなふうにした・・・・・・あいつに・・・私は・・・・・・生かされてる・・・・・・でも・・・この身体でなければ・・・・・・死んでいた・・・・・・”

 機械の身体を持つファントムガール・アリスだからこそ、胸をドリルで抉られて尚、絶命せずに済んだ。しかしその反面、完全な復活を遂げるには有栖川博士の手による修復が不可欠なのだ。
 連絡を、取らなければ。
 通信手段が途絶えたことで、いかなる状況がこの首都東京を、銀色の守護女神ファントムガールを襲っているのか、夕子には把握できていない。だがかつてない巨大な危機が世界を包んでいるのは、街に漂う退廃的な気配から察せられる。周到な罠と怒涛の襲撃。メフェレスらによる本格的なファントムガール抹殺計画が動いているのは間違いないだろう。
 地元に残った里美とユリはどうしているのだろう? 同じ東京の地にいる七菜江は無事なのか? そして桃子は・・・?
 
 震える指を、そっと自らの首に嵌められたシルバーのリングに触れる。被検体・霧澤夕子の体温、脈拍、血圧、電圧、制御機能情報など、様々な情報を三星重工の研究室に絶え間なく送っている発信機は、いまや一切の活動を停止し単なるアクセサリーと化していた。激闘のさなか、なんらかの要因で――恐らくは、クラゲのキメラ・ミュータント=ヒドラを倒す際に実行した、全身のヒート現象であろう――故障を来たしたシルバーリングは、本来の役割を完全に放棄してしまっていた。ツインテール少女の居場所を邦彦が突きとめるのは、現実的には奇跡を待つようなものだ。
 何度も試しては何度も落胆させられたというのに。小さな舌打ちの音が、紫に変色した唇の狭間から洩れる。
 普段はプライベートもおかまいなくデータを採取し続けているくせに・・・肝心なときに役に立たないなんて。
 諦めきれない己を言い聞かせるように、細く白い指がリングからツッと離される。
 
 このまま死ぬのも・・・いいかもね。
 
 かろうじて、凶獣の猛攻から逃れ、生き永らえたこの身体。
 だが、ダメージが軽減されるとはいえ、ファントムガール・アリスの肉体からライブ・メタルの一部が引き抜かれ、抉り取られた事実は変わらない。内臓の一部を抜き取られた人間が、きちんとした手術を受けずに生きていけるものかどうか。夕子の身体に戻った今も、惨劇の爪痕は刻一刻とその身に迫っているはずだった。
 邦彦に会わねば。仲間と合流しなければ。
 夕子に終末の時間が訪れるのは、さほど先ではない未来になる。
 
“もともと・・・私はあのとき・・・・・・ヤツを道連れに・・・自爆して、死ぬつもりだった・・・・・・いえ・・・もっと言うなら・・・・・・トラックに轢かれたときには・・・・・・本当なら死んでいた・・・”

 思えば、長く生き過ぎたのかもしれない。
 父親が天才的な機械工学の権威でなければ。機械兵士の開発というろくでもない研究が、実用段階レベルにまで進んでいなければ。アンモラルな人体実験を、政府が秘密裏に認めていなければ。霧澤夕子という存在はとっくの昔に墓石の下で眠っているはずであった。
 醜い身体に「造りかえられた」怒り。
 だがその怒りすら、生きているからこそ感じることができるという、真実。
 実の父親を憎悪しながらも、与えられた生命を確かに娘は享受してきたのだ。
 
 生きていたから、かけがえのない仲間たちに出会うことが出来た。
 生きていたから、その身を張って人々の命と大地を、いくらかは守ることが出来た。
 生きていたから、すれ違っていたクラスメイトたちとも一緒に笑える日が来た。
 
 “延長戦”にしては、恵まれすぎるほど恵まれていた、我が人生――。
 
 ずるずると、血の滲んだセーラー服の少女が、住人が抜けたあとの一軒家を這いずり回る。
 人の気配は皆無であった。すぐそこに見える東京湾の対岸で、ツインテールの女神と巨獣どもとが激闘を繰り広げたのだ。お台場に残された人間はひとりとしていないことだろう。
 期待を託した電話は、回線が切れて繋がらなかった。
 運よく見つけた救急箱で、応急処置を施した。
 咽喉の渇きに耐え切れず、冷蔵庫のなかから野菜ジュースを拝借した。
 昏倒しそうな痛みと虚脱感を堪えながら、ボロボロに擦り切れた少女は希望を求めて邸内を這いずった。
 
 リモコンでテレビを着ける。
 砂嵐。映像は映らない。もはや未曾有の危機に直面した東京が、戒厳令下にあることは疑いようがない。マスメディアからの情報収拾を半ば夕子が諦めかけたその時。
 唐突に、画像が映し出された。
 
「なッッ?!!」

 驚愕の叫びが口を衝いて出る。
 長方形の液晶画面の向こう、日本全国に流されているであろう映像の中央に、映し出されたものは。
 鎖と枷とで拘束され、天井から吊り下げられた、藤木七菜江の姿であった。
 
 
 
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