巨大変身ヒロインのオリジナル小説を書いている草宗の独り言をつぶやくブログです。

草宗の書斎

ファントムガール 第十一話 5章―6
 
“こ、こいつら・・・・・・新たな・・・敵・・・・・・”

 激しく肩で息をする青き女神が、せわしなく左右に視線を飛ばす。わかる。容易にわかる。この二体のミュータントは、ナナの命を奪いに来たことが。かつて経験したことのない、恐るべき強さを秘めた敵であることが。台詞を聞くまでもない、禍々しい外見を見るだけで本気の殺意に塗り固められていることがわかる。
 
 右側、マイナス記号に似たひとつ目のミュータントは明らかな人型であった。全身黒のボディに、肩・胸・腰と白のプロテクターを装着したかのような姿。膝から下にも付けられた白のプロテクターは、ブーツのようにも映る。よく見れば、皮膚の表面は漆黒の縄で編まれたかのような形状だ。プロテクターの無数の棘と相まって、細長い全身をシャープ、かつ筋肉質な印象に仕上げている。一番の特徴ともいえる縦に長い菱形の頭部には、濃紺のひとつ目以外に口も鼻もないが、そこだけがやけに非人間的であるために、無性におぞましく見える。
 菱形の頭部を持った、漆黒の藁人形。
 思わずナナが連想してしまった不気味な外見に加え、距離を置いても届いてくる、凍てつくナイフのごとき闘気。その存在は凶魔と呼ぶのに相応しかった。
 
 対する左側は、二本足歩行の茶褐色の恐竜といったところか。右が凶魔ならば、こちらは凶獣。ナナの脳裏に真っ先によぎったものは、何十年も前から日本の特撮怪獣映画の代表として君臨してきたアレ。あの怪獣王。筋肉を膨張させたTレックスとも言うべきその姿は、まさに褐色版ゴジラといってよかった。だが尻尾を持たないこのミュータントは、二本の腕の先が槍のように尖っている点が、怪獣王とは大きく異なっていた。マンモスの牙を取り付けたような腕。そしてもうひとつ、このミュータントの最大の特徴は、顔に無数の疵痕が走り、ケロイド状に爛れていることであった。
 
 ナナは知っている。そのような、顔に無数の疵を持つ男を。
 そして、気付いている。工藤吼介と一緒にいるとき、襲われかかったあの男・・・紫ジャケットに身を包んだあの疵面のヤクザこそ、ミュータントの正体であることを。
 
「お前は・・・ハアッ・・・ハアッ・・・あのときのッ・・・・・・」

「ほほォッ~~、気付きやがったか? 今日はてめえを守るナイトはいないぜェッ~~」

 やはりあの時、疵面は七菜江を襲撃しようとして近付いてきたのだ。
 あの吼介が警戒を露わにするほどのヤクザが、ミュータントとなって消耗したナナの前に現れるとは・・・しかももう一体の敵、漆黒の凶魔も疵面の凶獣に決して劣らぬ危険度であることは疑いようがなかった。
 勝てるのか? いや、逃げられるのか、この状況で?
 点滅する胸の水晶体が、守護天使の憔悴を知らせるように鳴り続ける。
 
「貴様ら・・・なぜここにいるッ?!」

 苛立ちを隠しもしない声の主は、二体の仲間であるはずのメフェレスであった。
 
「ゲドゥー、ギャンジョー、貴様らの担当は地元に残ったサトミとユリアの始末のはずだ。東京に来た連中はこのメフェレスの獲物だろうが」

「貴様に依頼されたのは、あくまでファントムガールども全員の抹殺。どこから殺ろうが、オレたちの自由にさせてもらう」

 ゲドゥーと呼ばれたひとつ目の凶魔が、冷静を通り越えて冷酷なまでの声で応える。
 
「作戦は変更した。まずはこいつら、東京で孤立した守護天使を一匹づつ葬っていく。より確実に標的を仕留める選択をするのが暗殺の基本だ」

「チッ・・・勝手なマネを」

「しかしどうやらその様子では、こちらに加勢に来たのは正解だったようだな」

 表情などまるでない菱形の頭部が、心なしか笑ったように見える。
 ゲドゥーの正体=海堂一美と疵面の凶獣ギャンジョーの正体=城誠は、夕刻アジトに潜入した女戦士を惨殺した後すぐに、東京行きの新幹線へと飛び乗っていた。
 敢えて死体を分断して晒しておいたのは、五十嵐里美への脅迫と挑発のみが目的ではない。己が狙われていると自覚する里美は、必ず自分や西条ユリの身辺を警戒するはずだ。
 その裏をかき、遠く離れた東京の地で、一人目のファントムガールを抹殺する。
 気持ちが落ち着いてくれば、聡明な里美ならばすぐに東京に向かったメンバーの危機も悟るに違いない。ファントムガールのリーダーが相楽魅紀の死で動揺する間に、襲撃者たちは行動する必要があった。上京中の聖少女たちが迫る危険に勘付かぬうちに、一気に事を成し遂げる。迎撃態勢の整っていない今は、決定的なチャンスであった。
 青いファントムガールが出現したことを聞きつけた極道ふたりは、迷うことなく明治神宮を目指したのだ。
 
「フンッッ・・・貴様らこそこうしてノコノコ現れたところを見ると、サトミの処刑に失敗したようだが?」

 凍えるようなゲドゥーの闇に触発されたのか、ナナを前に激昂していたメフェレスの声音は冷静さを取り戻している。

「“最凶の右手”も噂ほどには大したことがないようだ」

「そう焦るな。確かにファントムガールは餌食にできなかったが、代わりにボディガードを一匹始末してやった」

「え?!」

 荒々しく呼吸しながら様子を見守っていたナナの吊り気味の瞳が、一瞬大きく開く。
 
「相楽魅紀とかいうサトミの犬をバラしてきた。今頃切り落とした手足でも掻き集めている頃だろう」

 相楽魅紀―――
 直接面識はなくとも、七菜江にもその名前には聞き覚えがあった。里美から伊賀忍者の末裔のひとりとして、また影からファントムガールを支援するひとりとして、名だけ紹介されていたからだ。
 夕子から教えてもらったその女性は、とても魅力的で勇敢で、里美への忠誠が身から溢れたひとだった。
 そしてなにより、魅紀のことを話す里美の優しくて嬉しそうな表情が、その見知らぬ女戦士が次期御庭番頭領にとって家族のように大切な一人なんだと教えてくれた・・・
 
 ドオオオオオオオオオオンンンンンッッッ!!!
 
 白光の奔流が渦を巻いて青い女神の肢体から天を衝く。
 再び起こった聖エネルギーの爆発。ドクンドクンと響き渡る異様な鼓動が、ナナの全身にたぎった血液を凄まじい速度で送り込んでいることを教える。
 神宮の敷地に踏ん張り、搾りカスのような力を体内中から掻き集めるファントムガール・ナナ。
 その態勢が新必殺技“BD7”への布石であることは、もはや確認するまでもない。
 
「ハアッ、ハアッ、ハアッ・・・魅紀さんを・・・ふひゅッ・・・ハアッ、ハアッ・・・殺しただって?・・・」

 先程まで焦りを隠しきれなかった純粋天使の瞳に、躊躇の影は一切霧散している。
 この状態で“BD7”を発動させればどうなってしまうのか? よくわかっている。
 佇まいのみで背筋を凍らせる悪魔三体を相手に闘えばどうなるのか? よくわかっている。
 確実な肉体の崩壊はすぐ側まで来ている。数多くの愛する者たちとは、もう二度と笑顔は交わせまい。しかし、それでも・・・戦士として生きることを決意した17歳の少女は、残る生命の灯を残虐なる悪魔どもに捧げるべきだとわかっている。
 
「嘘をッ・・・つくなアァァッッ―――ッッ!!!」

「・・・なるほど。面白い小娘だ。あの身体で未だこれだけの力を残すとは」

 “BD7”は今最も使用してはならない技であった。最悪の場合、胸にソニック・シェイキングを叩き込んだ時点で心臓が破裂してしまうかもしれない。成功しても、ナナの全ての筋肉は断裂し、血管は擦り切れるだろう。発動の瞬間、藤木七菜江の未来に広がる輝かしい道の全ては閉ざされることになる。
 だが“BD7”であれば、我が身を生贄に捧げる引き換えに、悪の枢軸を滅ぼすこともできる。三体全てとはいえないまでも、ひとりくらいは確実に葬れるはずだ。
 ならば、迷うことはない。
 犬死か、道連れか? 残酷な運命しか目の出ないダイスを、青き守護天使は戸惑いなくその手にする。
 
「ゲドゥー、貴様に任せよう。この女とは遊び飽きたわ」

 スッと青銅の魔人が一歩下がって、譲るようなジェスチャーを見せる。いつの間にか三日月の笑いに戻った、黄金のマスク。
 対照的に漂う闇の濃度を増した菱形面の凶獣が、ナナの右側の森で、ズイと一歩を前に踏み出す。
 
 天に向かって一直線に突き上げられる、眩しく輝く青色の拳。
 守護天使が構えるソニック・シェイキングの・・・“BD7”の態勢。
 最後の闘いを挑むべく、ファントムガール・ナナの右手が、己の心臓に向かって振り下ろされる――。
 
「ッッ?!!・・・・・・あッ・・・!!!」

 乙女の肉を貫く音と、象牙のごとき白い槍が銀色の皮膚を突き破って飛び出る光景は同時に起きた。
 灼熱の激痛と噴き出す鮮血が腹部の中央で起こったのは、その次の瞬間。
 ゴブリッッ・・・ドス黒い血塊がナナの口からこぼれる。ビクビクと震える聖少女は、信じられない表情を浮かべたまま、ゆっくりと青い瞳を己の背後に向ける。
 
「ギャハハハハハ! ヨソ見はいけねえなァッ、ファントムガール・ナナァッ~~ッ!!」

 ショートカットの耳元で、生臭い息を吐きかけるのは、疵面の凶獣ギャンジョー。
 右腕の先に取り付いた長く鋭い槍は、ナナの背中から腹部までを一気に刺し貫いていた。
 
「あッ・・・?!!・・・あぐッ・・・!!!」

「暗殺者ってのは、背後から近付くのが得意でないとなァッ! プロの技はガキには厳しすぎたかァ、おいッ?」

 ズボリという音とともに、根元まで埋まった槍の腕が一息に引き抜かれる。
 ブッシュウウウウウウッッッ・・・!!
 青い女神の腹部と背中とで、深紅の血潮の爆発が勢いよく巻き起こる。
 血塗られたグラマラスな肢体が動く。振り返る。背後の敵を倒すため。反射的なその反応は、腹部を貫かれたとは思えぬ驚くべき動きであった。
 だが、凶刃を待ち構えたギャンジョーの前では、獲物が肉食獣の牙に飛び掛っていくも同然。
 もう一方、左腕の槍が、振り返った瞬間のナナの右胸を、深々と突き刺す。
 
「ふぐうううッッ!!!・・・ぐぶッ・・・ガハッ・・・がああッ、ゴブウウウッッ!!!」

 聖少女の吐き出した大量の血が、褐色の凶獣にビチャビチャと降りかかる。
 
「ぎひ、ギヒヒ・・・い~い刺し心地だァ。最高の締まり具合と弾力・・・女忍者も極上だったが、ファントムガールともなるとレベルが違う・・・っと!」

 ヴィーン、ヴィーンと鳴り響く水晶体を極太の足で蹴りつけるや、強引に槍を引き抜かれた血染めの女神が、大の字になって背後に吹っ飛んでいく。
 瞳の青色を点滅させる少女戦士を待ち受けるのは、濃紺のひとつ目を不気味に光らせた凶魔ゲドゥー。
 縄で編んだような漆黒の右手が、ムクムクと巨大化していく。
 
「小娘の必殺技など・・・実に笑止」

 “最凶の右手”が拳を作る。振りかぶる。
 腹部と胸とを刺し抜かれ、無様に宙を飛ぶしかないナナに、恐るべき凶撃を避ける方法などなかった。
 
 ドゴオオオオオオオッッッ!!!! メキョメキョメキョッッ!!!
 
 背中に拳が埋まった瞬間、守護天使の肢体はくの字に逆に反り折れ、背骨のあげる絶叫が残酷な夜にこだました。
 
「ひぐうううううううッッ―――ッッッ!!!! がはああッッ!! うがあああああッッッ―――ッッ!!!」

「フン、意外と頑丈だな。これで背骨が砕けんとは」

 ビクビクビクビク・・・
 反り上がった姿勢のまま、全身を突っ張らせて女神が痙攣する。胸の水晶体が点滅を早める。
 ゲドゥーが拳を引き剥がして尚、ファントムガール・ナナの肢体は爪先立ちしたまま悶絶に震え続けた。
 
「背を走る主神経をやられたのだ。痺れるだろう、全身が。もはや動くことすら容易であるまい」

 まるで処刑の瞬間を待ちわびるように、くの字に反れ曲がり、両手足を広げて痙攣し続ける血染めの守護天使。
 鈍重そうな外見からは予想できない素早い身のこなしで、褐色の凶獣が音もなくナナの背後に現れる。
 光る二本の腕の槍。クワガタの鋏のごとく広がった白い凶刃が狙うは、くびれた女神の銀色の胴。無防備な脇腹へと、背後から象牙の腕が殺到する。
 ブオンッッ!!・・・という風切り音を残して、ギャンジョーの腕槍はなにもない空間を切り裂いていた。
 グラマラスな肢体が崩れ落ちている。糸の切れた操り人形のように。いや、違う。自ら沈んだ。激痛に悶えていた少女戦士は、追撃を察知し瞬時に身をかわしたのだ。
 足が跳ね上がる。よく鍛えられた、艶光る青い模様の足が。
 サッカーでいうところのオーバーヘッドキック。
 身体を沈ませつつ、後方に縦回転。バック宙の要領で回転した肢体から放たれた左足が、虚を突かれた凶獣の疵だらけの顔面に叩き込まれる。
 ジャストミート。これ以上はない、会心の一撃。衝撃も切れ味も抜群の感覚が、ナナの左足に疾走する。
 
「ぎいィッッ?!!」

「ああッ~~ッ?! やるじゃあねえかァッ、小娘がよォッ!!」

 細く締まった青い足首に、獣の牙が食い込んでいる。
 噛んでいた、ナナの足首を。ダメージの欠片も見せることなく、恐竜を思わせる牙は小癪な少女戦士のアキレス腱に噛み付いていた。ブチブチと嫌な音が、ギャンジョーの顎のなかで響く。絶叫する青い天使の肢体が、逆さま状態で振り上げられる。
 
 ズドオオオオオオッッッ!!!
 
 再度大きく広げられた二本の残酷な槍は、今度は逃げられることなく、アスリート天使の鍛えられた左の太腿を左右から串刺しにしていた。
 
「うぎゃああああああああッッッ――――ッッッ!!!! あ、足がアアッッ――ッッ!!! あたしのッ・・・あたしの足がァァアアッッ~~~ッッッ!!!!」

 筋肉で引き締まった太腿を、極太の杭槍2本で貫かれる苦痛の、いかに壮絶なことか。
 ズボリと槍を引き抜かれ、投げ捨てられたSラインのボディが、絶叫とともに転げ回る。鮮血を噴く足を押さえて、神宮の森を悶え跳ねる。胸から、腹から、背から・・・破れ抉れた銀の皮膚から、ドクドクとドス黒い血潮がこぼれ落ちていく。あまりに長い戦闘の責め苦で、究極のラインを誇る天使の肢体は、もはや泥をかぶったように黒ずんでいる。
 ヴィーン・・・・・・ヴィーン・・・・・・
 聖少女に残された命がわずかであることを教えるように、明らかに遅くなったエナジー・クリスタルの警戒音が血塗られた明治神宮の敷地に流れていく。
 
「トドメだ。光線技というものを試させてもらおう」

 痛みにのたうつ体力すら、ナナから消え失せていった。太腿を押さえたまま転がる瀕死の守護少女に、漆黒の凶魔が歩み寄る。菱形面のひとつ目が血染めのグラマラスボディを冷たく見下ろす。
 “最凶の右手”が地を這うファントムガール・ナナに向けられる。
 乙女の肢体を執拗に貫かれ、意識のほとんどを苦痛に食い尽くされた聖少女に、最凶悪魔の一撃を避ける術などなかった。
 
「光線というものは、名前を付けると威力が倍増するそうだな」

 思念と密接に繋がる光線技は、具体的に名前を付けることでよりイメージが強化される。
 強さを得るのに躊躇しない凶魔の膨らんだ右手に、闇よりも濃い負のエネルギーが集まっていく。
 
「ファントム破壊光線ッ!!」

 渦巻く漆黒の弩流が一直線に、横臥するナナの豊満な胸に放射される。
 桁外れの暗黒エナジー。それだけでもゲドゥーの光線は兇悪に過ぎるのに、名前自体にファントムガール抹殺の念が込められれば・・・
 まさしく、守護天使にとって最悪最凶の光線。
 
「ウアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ――――ッッッ!!!!」

 ズババババババッッ!! ブシュブシュブシュッッ!! ドシュッッ!! バシュンッッ!!
 
 反り返る、美しきSラインの究極ボディ。
 闇光線が空気を焼く音に続いたのは、注がれる暗黒エナジーのあまりの巨大さに、銀色の肢体が内側から突き破られ爆ぜる音であった。
 壮絶過ぎる苦痛に奇妙に折れ曲がる哀れな少女戦士。その肉感的なボディのあちこちで銀の皮膚が破れ、火花のように暗黒瘴気が噴き上がる。
 
 バシュンッッ!! ブチイッッ!! ブシュッッ!! ズババアッッ!!
 
 腕が、胸が、腹が、足が、背中が、顔が・・・
 破れていく。細かな肉片が千切れ飛ぶ。闇のエネルギーがナナの内部で爆発し、孤独に奮闘してきた純粋天使の肉体を文字通り破壊していく。生まれながらの、最凶の悪魔ゲドゥー。その巨大すぎる負のエネルギーの前に、悲壮な少女戦士は悶絶の悲鳴を叫ぶことしかできなかった。
 
“・・・死・・・ヌ・・・・・・あ・・・たし・・・・・・バラ・・・バラ・・・・・・”
 
 ブシュウウウウッッ――ッッ!!!
 
 瞳の光が消えると同時に、ナナの全身を抉った凶刃の傷穴から、一斉に鮮血が噴き出す。
 紅に濡れ光る無惨な女神の肢体が、なんの力も示さずに神宮の大地に沈む。
 ピクリとも動かなくなったファントムガール・ナナの胸の狭間で、光を失った青い水晶体がただ静かに闇のなかに潜んでいる。
 
「ギャハハハハハ! 壊れた! ファントムガールが一匹、壊れやがったぜェッ!!」

 明治神宮の夜空に、悪魔の哄笑が突き抜ける。
 漆黒の凶魔と褐色の凶獣、女神の返り血を満身に浴びた二匹の悪魔の足元に、人類を守るはずの巨大少女は、ボロ雑巾という表現すら生易しいほどの無惨な姿で転がっていた。
 
「メフェレスよ。貴様の話ではこのファントムガール・ナナの戦闘力が、もっとも侮れんということだったな」

「その通りだ」

 背後を振り返ったひとつ目の視線の先で、距離を置いたままの青銅の魔人が、三日月に歪んだ笑いを浮かべて言う。
 
「弱い。守護天使などと呼ばれていても、この程度のものか、ファントムガール。いかに運動神経に恵まれていようが、所詮は女子高生の小娘どもだ。オレたちの敵ではないようだな」

「ク・・・ククク・・・」

「なにがおかしい?」

 肩を揺らして笑う黄金マスクに、サングラスに似たひとつ目が疑念の光を灯す。
 
「ゲドゥー、貴様もどうやらファントムガールをまだ理解しておらんようだ。こいつらは侮れん。間違いなく、なあ」

 三日月の笑いになにを見たのか――
 菱形面の凶魔が正面に顔を戻す。飛燕の速度で。屠ったばかりの天使へと。
 
 いなかった。
 死の大地に眠るはずの聖少女の姿は、そこには見当たらなかった。
 代わりにいたのは、ガクガクと震えながら立ち上がる、不屈の戦士。
 瞳と水晶体に仄かな光を灯した守護天使が、今にも崩れ落ちそうになる肢体を必死に支えて戦闘態勢を取ろうとしている。
 
「あぐッッ・・・グブウッッ!!・・・ハアッッ、ハアッッ、ハアッッ・・・ふぐッッ・・・ううッッ・・・」

「このアマッッ・・・!! あれでもまだくたばってねえのかッッ?!!」

 血の糸が全身から垂れ落ちて神宮の森に吸い込まれていく。グラグラと揺れる光の女神の肉体は、少しの拍子でバラバラに砕けてしまいそうだった。
 それでも、それでも確かにファントムガール・ナナは己の足で立っていた。
 叫ぶギャンジョーの声にも、驚きを通り越した響きが隠し切れない。
 
「・・・なるほど。確かにファントムガールへの意識は変える必要があるようだ」

「・・・ゴボオッッ!! ゴブウウッッ!! ひゅうッ、ひゅうッ・・・・・・ゲボオオッッ?!! ぐぶうッ、ぐふッ・・・ハアーッ、ハアーッ!!」

 意味なく殺された原宿の人々のため。
 使命に従い壮絶に散った相楽魅紀のため。
 そして、この恐るべき悪魔たちの魔手が、愛する仲間たちに届かぬように。
 ナナは立った。立ち上がった。
 己の肉体が、間もなく崩壊するとわかっていても・・・
 
「愚かな女だ。黙って寝ていればいいものを」

「ゴフウウッッ!!・・・ハアッッ、ハアッッ、ハアッッ!!」

 ドオオオオオオンンンンンッッッ!!!
 
 ナナの右手に渦巻く、眩い光の白球。
 どこにそんな力がまだ残っていたのか。とうに死に絶えていても不思議ではない青い天使が作り出したのは、高密度の聖なる光の結集体。絶望的状況に心を踏み躙られ、凄惨な苦痛に肉体を蝕まれていった少女戦士が、最期の望みを賭けて小太陽に全てを託す。
 
“あたし・・・は・・・・・・もう・・・・・・ダメ・・・・・・せめて・・・ひとり・・・でも・・・・・・”

「スラム・・・・・・ショットッ!!!」

 投げつける。
 少女・藤木七菜江の青春がこもった命の一撃を。最強ランクを誇る、ファントムガール・ナナ魂の必殺技を。
 聖なる光の弾丸が闇を蹴散らし、佇む漆黒の凶魔へと殺到する。
 
 パアアアアアァァァッッ・・・・・・ンンンッッッ!!!
 
「どうやら、この程度が限界のようだな」

 ナナ必殺のスラム・ショットは、跡形もなく破裂音とともに消滅していた。
 受け止めた“最凶の右手”に握り潰されて。
 
「ッッ・・・そ・・・ん・・・な・・・」

 ドズウウウウッッッ!!!
 
 ハンドボール部の七菜江が膨大な時間と汗とを費やした努力の結晶=スラム・ショット。
 アスリート少女の人生の一部とも言える必殺技が、容易く片手で止められた瞬間、自失する女神の両腕が背後の疵面獣に刺し貫かれる。
 下から上へ、杭のごとき腕槍で二の腕を貫かれ、ナナの肢体はちょうどギャンジョーに羽交い絞めにされたようになった。実力差を知ったショックか。腕を貫かれる激痛か。ガクリと猫顔が垂れ落ち、青いショートカットが力無く揺れる。
 まるで十字架に磔にされたイエスのごとく、闘う力を失ったナナは残酷な凶獣の腕のなかに拘束された。
 
「ファントムガール・ナナ。小娘にしては大した耐久力だ。素晴らしい。素晴らしいぞ」

 ひとつ目になんの感情も浮かべない漆黒の凶魔が、“最凶の右手”を振りかぶる。
 残酷な破壊を享受する以外、もはや敗北の少女戦士に残された道はなかった。
 
「素晴らしい、オモチャだ」

 くびれた脇腹に、拳を作った“最凶の右手”が手首まで突き刺さる。
 ベキベキと響く、ナナの肋骨が砕ける悲鳴。脇腹の内部で拳を回され、あまりの圧迫感と苦痛に聖少女の口から獣のごとき絶叫が迸る。
 引き抜かれた右拳は、今度は奇跡的な形とボリュームを誇る胸の乳房へと突き込まれた。
 ヘドロのような粘ついた血塊が、信じられない勢いで女神の唇を割って出る。
 女性のシンボルを潰される衝撃と苦しみに、多感な少女の苦鳴に泣き声らしき呻きが混ざる。
 
 ヴィッ・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・ヴィッ・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・

「ゲハハハハハ!! どうしたァッ、ナナァ~~ッッ!! 随分痙攣が小さくなっちまったじゃねえか! 胸の水晶体ももう鳴ってんのかどうか、わかんねえなあ?!」

「終わりだ、ナナ」

 濃厚な闇を纏った巨大な右手が、ナナの目前で限界まで引かれる。
 破壊の限りを尽くされた無惨な天使に、暴虐の一撃を、避けられるはずもなかった。
 
 グシャアアアアアアッッッ!!!!
 
 苦痛に歪んだ少女の顔面に“最凶の右手”が叩き込まれた瞬間、肉の潰れる音ともに鮮血の花火が爆発した。
 食い込んだ拳をナナの顔から抜く。粘着した血の橋が拳と顔の間に架かる。ギャンジョーが戒めの腕槍を引き抜く。
 ピクリとも動かないナナの肢体がゆっくりと前に傾き、そのままの姿勢で神宮の森に沈んでいく。
 敗北天使の倒れる地響きが、夜の東京を震わせる。
 血と泥で赤黒く染まり、穴だらけにされた無惨な少女戦士を、疵面の凶獣が乱暴に蹴り転がす。
 
 ヴィ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 顔も、胸も、腹部も、足も・・・力無く四肢を投げ出すナナの全ては破壊されてしまっていた。
 ただ胸の消え入りそうな水晶体が、かろうじて破壊されずに残っている。
 
「これが、オレたちの標的の末路だ」

 “最凶の右手”がエナジー・クリスタルを鷲掴み、強引に引き上げる。
 生命の象徴である水晶体ひとつに全体重を預ける形で、仰向け状態のナナの全身が宙に浮いた。
 
「へげええええッッッ?!!! ひゅぎゅうわああああああッッッ――――ッッッ!!!!」

 声すら枯らしたはずの守護少女が、最期の絶叫を迸らせる。
 乳房の肉を突き破ってクリスタルを鷲掴む凶魔の右手。弱点を引き抜かんとする壮絶な仕打ちに、今のナナが耐えられるわけもない。
 聖少女がぶらさがる。胸のクリスタルに吊るされて。ガクーンと四肢も首も垂らし、銀の体表から光を無くし、あらゆる力を失って。
 ボトボトと、鮮血が、肉片が、敗北の証がナナの全身から降り落ちる。東京の人々が拠り所とする、明治神宮の敷地へと。降りしきる、血雨。目を覆うばかりの残酷な地獄絵図が、首都の夜に展開されている。
 
「ファントムガール・ナナ。まずは・・・ひとり目」

 もはや垂れ落ちる血もないことを確認するや、ゲドゥーの右手は消え入りそうな水晶体から離れた。
 受け身を取ることもなく、惨敗天使の血染めの肢体が大地に落ちる。その顔に刻まれたのは、苦悶と嘆き。
 ガラスの砕け散る音がしたかと思うと、ピクリとも動かぬナナの全身は光の粒子と化して、夜の闇に霧散した。
 
「残るは、4人だ」

 ゲラゲラとこだまするギャンジョーの笑いとともに、神宮の森を席巻した3匹の悪魔もまた、その姿を闇に溶かしていった。
 あとには、ただ女神が残した濃い血臭のみが明治神宮の境内に漂うばかりであった。

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