巨大変身ヒロインのオリジナル小説を書いている草宗の独り言をつぶやくブログです。

草宗の書斎

ファントムガール 十一話 4章ー4
「ふ~。気ッ持ちいい~~ッ!」

 垢抜けた少女の声が、湯煙で曇った大浴場に反響する。飛び込んだ湯船からお湯がザザザと溢れていく。夜の10時という時間帯にしては意外なほど、ホテルの広い浴室に人影は少なかった。霞みのような湯気の奥で、揺らめく影。貸切り気分を満喫するように、藤木七菜江は薬草の香り漂う白色のお湯に肩まで浸る。七菜江が現在居候している五十嵐家のお屋敷のお風呂も、檜作りの和風の浴槽がたまらなく心身を癒してくれるが、こと広さに関してはさすがにホテルの大浴場には劣る。適度な温もりに包まれながら、立ち昇る湯気が揺らめく光景と、流れる水が紡ぐ旋律のこだまに、七菜江は贅沢な時間を味わっていた。

 待ちに待った修学旅行の初日は、多くの思い出を少女に刻んで、あっという間に夜を迎えていた。
 生まれて初めて降り立った首都・東京の地。七菜江をまず驚かせたのは、予め覚悟していた人の多さではなく、駅の広さであった。視界の奥にまで連なるプラットフォームの多さに、元々が田舎出身の元気少女は軽い眩暈を起こしたほどだ。

 東京駅からは貸切バスで移動する旅は、ここで四つのルートに分かれる。一学年で千五百名を越えるマンモス校・聖愛学院の修学旅行では、全員がひとつのルートで行動するのは宿泊地や交通手段などの問題から難しい。霧澤夕子ら、理数科が東京タワーからレインボーブリッジへと南下するコースを辿ったのに対し、七菜江が通ったのは皇居から新宿副都心、都庁見物へ向かうという、通称「おカタいコース」であった。生徒たちの間で一番のハズレとされるコースも、見るモノ全てに感動する純粋女子高生のはしゃぎようを抑えることはできなかった。

「え! あれが二重橋?! スゴイ、スゴイ、あたしも渡ってみたいな!」
「ね、ね、もしかしてあそこに見えてるの、日本武道館? うわー、誰かコンサートとかやってないかな?!」
「あれ? バス動かないと思ったらまた渋滞なの? スゴイなあ、車がいっぱいだぁ!」
「なにコレ?! スゴーイ! 高いビルばっかり! 首攣りそうだよ、あはは」
「うわー! 都庁高い! カッコイイ! え、これから登るの? やったあ、じゃあ知事さんにも会えるかな?」

 池袋に取った宿舎に一行が着いて尚、猫顔美少女のチャーミングな笑顔が絶えることはなかった。七菜江の周りにいたクラスメイトたちの疲れぶりは、元気満々な本人とは好対照であったが、子供のように瞳を輝かせる少女のおかげで、「ハズレ」とされるコースの光景が実に魅力的に映ったのは否定できないところであった。

“考えてみたら・・・こんだけ笑い続けたのって、久しぶりかも・・・”

 友人3人とトランプに興じながら、ふと七菜江は思う。銀色の守護天使として闘いの運命を受け入れたあの日以来、アスリート少女の胸には常にどこか緊張の影が挿していた。いつ敵が襲ってくるかもしれない。いつ巨大生物が現れるかもしれない。ある時は傷つき、ある時は瀕死に陥りながら、少女戦士は死線を潜り抜けてきた。一日中、無邪気に笑い続けた日なんて、いつ以来のことだろう・・・。
 旅先で気分が高揚するのは人間誰しも当然のことだ。ただ、青き守護天使の正体である藤木七菜江にとっては、死闘の舞台となっている街を抜け出ること自体に、特別な感情があった。初めて見る首都の景色に包まれて、少女戦士は束の間の休息を心底から感じて取っていたのだ。巨大生物による被害の傷跡もない。敵の存在を身近に感じることもない。幾多の死闘を繰り広げた街から離れることで、七菜江は戦士の心をひととき忘れ、知らず知らず「普通の女子高生」に戻っていた。

 七菜江の心が純粋に修学旅行を楽しめるのは、敵であるメフェレスらが、明らかに以前の勢いを失っているのも大きな要因であった。首領である久慈仁紀は表舞台に姿を現さなくなって久しい。一説には、あの天才生物学者にして、七菜江の天敵とも言うべきシヴァ=片倉響子は一味を離脱したとも聞く。五十嵐里美や西条ユリを残して東京に来られるのも、敵襲の恐れが薄いがためだ。
 午後一番で里美から受けた定期連絡では、街にはなんの変化もない、とのことだった。聖愛学院の理事長を祖父に持ち、実質上の支配権を得ている久慈からすれば、七菜江と霧澤夕子が首都の地を訪れていることは造作なくわかるはず。この好機を逃さぬ可能性も考えられたのだが・・・やはり今の久慈には闘うだけの態勢が整っていないようだ。

「はい。またナナの負けー」

「ああッ?! な、なんでよ、どうしてババがわかっちゃうの?!」

「ババ引こうとするとニヤけるんだもん、ナナ。あんた全部顔に出るから楽勝なのよ」

「うにゅにゅ、どうりで・・・」

「てことで罰ゲームはナナに決定~! さあさあ、約束どおり、吼介先輩との仲がどこまでいったか、聞かせてもらおうかしらァ~♪」

「そ、そんな約束、していましたっけ?」

「ああ~~ッ!! この単純娘、誤魔化すつもりだァ! よーし、みんな、やっちまえ!」

「な、なによ、このあたしと枕投げで勝負しようっての?! やらいでか!」

 こうして級友たちとの1vs3の死闘を制した七菜江は、汗を流しに本日二度目の入浴にひとりやってきたのであった。

“今頃、里美さんたち、どうしてるかな・・・あたしと桃子がこっち来たから、今夜はあの広いお屋敷に安藤さんとふたりっきりなんだっけ”

 授業を終えた桜宮桃子がすでに東京に来ていることは、届いたメールが教えてくれた。七菜江としてはこっそり一緒のホテルに招き入れるつもりだったのだが、さすがにそれはマズイと頑なに拒否した桃子は、かつてこの地に住んでいた時利用したことのある、渋谷のカプセルホテルに一泊することになっていた。夕子を含めた3人で合流するのは、一日中自由時間となっている、明日になってからだ。

“・・・寂しがってるかな、里美さん・・・でも、元々はあのお屋敷にずっとふたりっきりで住んでたんだよね・・・”

 幼い頃より里美をサポートしてきたのは、執事の安藤ただひとりだけと知ったとき、七菜江は少なからず驚きを覚えたものだ。日本有数の名家という家柄を考えても、屋敷の広さを考えても、教育係やお手伝いさんの何人かはいてもおかしくない。それが安藤とふたりだけ、マンツーマンで過ごしてきたとは。傍からは華々しい生活としか見えてなかっただけに、家に帰ってからの里美が、令嬢としての在り方とくノ一としての実力をつける孤独な修行にほとんどの時間を費やして生きてきた事実は、意外を通り越して衝撃があった。
 安藤に言わせると、政府と密かな繋がりを持ち、現代でも御庭番衆のころと変わらぬ使命を受け継ぐ五十嵐家の内部には、易々と一般の人間を入れるわけにはいかないということだった。納得できる、説明だった。しかし、父親も母親も多忙で滅多に帰ってこないお屋敷のなかで、老執事とふたりだけで過ごしてきた里美の姿を想像すると、令嬢という言葉がやけに切なく響いて聞こえる。

 居候としてひとつ屋根の下に住むようになった七菜江や桃子を、一学年違いとは思えぬ優しい瞳で里美が見詰めることがあるのは、そうした半生の影響なのかもしれなかった。里美にとって七菜江は、ユリは、夕子は、桃子は、かけがえのない存在であることは疑う余地もない。
 七菜江自身、感じている。先程までトランプに興じていたクラスメイトたち。彼女たちが親友であることは間違いない。だが、同じ銀色の守護女神としての運命を受け入れた5人の少女たちは、「親友」と呼ぶには少し違う、「親友」という言葉で表現してはならない存在のような気がする。死を賭した闘いを通じ、深い部分で繋がった者たち。その想いは、恐らく5人全員が感じているに違いなかった。

 まして里美は、使命を果たすことを義務付けられて生まれた少女だ。
 聖愛学院の生徒会長にしてアイドル的存在の里美には、もちろん「親友」「友人」と呼ぶべき者たちは無数にいる。慕う者、憧れる者を含めれば、彼女を囲う人々は数え切れぬだろう。何も知らぬ者から見れば、さぞ恵まれた環境に違いない。
 しかし、同じ境遇となった七菜江にはわかる。里美が本当に気を許せる相手は、この世界にごくわずかしかいないと。
 使命を果たすために生まれた少女は、使命を共にする者としか、本当に繋がることはできないであろう。
 ファントムガールの仲間たちと出会うまで、里美はどれほどの孤独の中で生きてきたのだろうか。
 恐らく・・・七菜江たち以外で里美が気を許せたのは、せいぜいが同じ御庭番衆の血を引く忍び仲間たちくらいのものだったに違いない。

「吼介先輩に・・・里美さんのこと、頼んでおけばよかったかなァ?」

 白濁のお湯に呟きながら、七菜江は己の台詞に我ながら呆れ返る。恋の、それも最強のライバルに好きなひとを会わせようなんて、どうかしてる。正気の沙汰ではない。そんなことわかっているのに・・・快く旅行に送り出してくれた里美が寂しさを忘れてくれるのならば、自分の恋が終わってしまってもいいと、本気で少し考えている自分に七菜江は気付く。

 脱衣所から流れてくるケータイの受信音を、ショートカットの守護少女が聞き分けたのはその時であった。

 里美からの定期連絡が入る可能性を考え、携帯電話を部屋から持ってきたのが功を奏したらしい。『エデン』との融合でパワー、スピードなどの運動能力や傷の回復力などが飛躍的に上昇したのは顕著な変化だが、実は視力や聴覚など、五感の能力も大幅とは言わぬまでもいくらかのアップを果たしていた。音の反響する浴場にいながら、扉一枚隔てた向こうで鳴る呼び出し音が、紛れもなく己のケータイのものであることを七菜江は聞き取っていた。しかもその呼び出し音は、特殊回線専用のもの。つまりそれは、藤木七菜江にではなく、ファントムガール・ナナの正体である少女に向けた電話――

 里美さんからだ。
 確認するまでもなく、相手が誰かはわかっていた。つい今しがた、想いを馳せていた、敬愛する生徒会長。頼れる守護天使のリーダー。そして、最強の恋のライバル。だが、今の七菜江に複雑な想いはまるでない。たった半日聞いていないだけなのに、里美の声が聞ける喜びに胸が躍る。白い湯船のなかから、勢いよくはちきれんばかりの豊満なボディは立ち上がった。

 里美がもたらそうとしている情報が、どれほどの凶報であるかなど、ひまわりのような元気少女が想像できるわけもなかった。
 そして実際には、その凶報を受け取ることさえ、悪意に包囲されたアスリート少女には叶わなかった。

 バキッッ

 不意に、ケータイの呼び出し音が止む。
 いや、正しくは、「止めさせられた」。

“ケータイを・・・壊された?!”

 沸き立つ疑問より速く、奇跡的なボディを持つ少女は、滑るタイルの上を駆け出していた。脱衣所へと一気に雪崩れ込む。
 濡れ光る、メロンのような胸の双丘と張り出したヒップ。隠しもしない、たわわな果実が描く女体のSラインに投げつけられたのは、ふたつに折られた少女の携帯電話であった。

「ッッ?!! ・・・なッ、なんであんたがここにッ?!!」

「あらァ~~♪ こんなとこで会うとは奇遇だねェ~~、子猫ちゃん。修学旅行でゆっくり温泉タイムなんてェ~~、い~~い身分じゃなァ~~い!」

 黒のインナーにファー付きの豹柄のジャンパー。同じ豹柄のホットパンツに黒のストッキング、やはり豹柄のハーフブーツ。
 こよなく豹柄を愛するファッションと、毒々しいまでの派手な化粧は、相変わらずのままであった。金色のルージュと同じ色の長い髪、そしてマスカラとアイライナーで強調された丸い瞳を、七菜江は忘れるわけがない。

「『闇豹』・・・神崎ちゆり!!」

「でも、ちり、驚いちゃったァ~~。こォ~んなにたくさんの『人質』とノコノコ一緒にいるなんてェ~~! あはははは♪」

 湯に濡れた少女戦士の丸い拳が、歯軋りの音とともに固く握り締められた。



「・・・・・・ナナ、遅いね」

 宿舎の一室では、浴場に出掛けたきりいつまでも戻ってこない七菜江を心配する、親友たちの声があがっていた。
 床の上では、少女が残していったトランプのジョーカーが、不気味な笑顔を浮かべていた。
 両目と口、まるで3つの三日月を組み合わせたような笑顔で。


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